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2007年第33回「正義と平和」全国集会広島大会

第一分科会「憲法9条と教会の役割は、、、」
「憲法9条と教会の役割は、、、」目次
1.現状・問われること
2.日本国憲法
3.非暴力による平和の道
4.聖書の教え
5.教会の教え
6.真の国際貢献

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2007年第33回「正義と平和」全国集会広島大会
第一分科会「憲法9条と教会の役割は、、、」
1. 現状・問われること
@ 現在の状況
A 私たちが問われること(自然からの警告、格差社会、コミュニティの破壊、生存権の実現)
B 現在の戦争における 非戦闘員の死亡
C 消極的平和ではなく、積極的平和を。 信仰に生きる
2. 日本国憲法
@ 憲法の危機  
A 大切な条文
B 第9条 戦争の放棄
C 「自民党新憲法草案」
D 軍需経済の支配
E 憲法改正の口実:押し付け憲法という通説 に対して
F 9条は未来を先取りする条項
3. 非暴力による平和の道
@ 「武力で平和はつくれない」
A 世界の軍事費、世界各国の軍事費、世界の軍需企業ビッグ20
B 世界の軍事費を使ってできること
4. 聖書の教え
@ 聖書の中での『平和』シャローム
A メシア預言:平和の君の姿。
B 新約のイエス、キリストの平和 
5. 教会の教え
@. キリスト者の使命 教会の課題
A. 「宗教が政治に関わるべきでない」に対して
B. 教皇ヨハネパウロ2世「広島・平和アピール」
C. 「平和と現代の日本カトリック教会 〜教皇「平和アピール」に答えて〜」   D. 「平和への望み」、「平和への決意」、「戦後60年平和メッセージ「非暴力による平和への道」〜今こそ預言者としての役割を〜」、「信教の自由と政教分離」
E. 「現代世界憲章」第5章 平和の推進と国際共同体の促進
6. 真の国際貢献
@. 環境問題 非核 非武装宣言  
A. 憲法遵守、憲法9条の世界化、諸国の平和への動き


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6.真の国際貢献

課題:真の国際貢献とは    一国だけで平和を考えている時代ではない 

環境問題 温暖化に対して
ァ 温暖化一つとっても、一国家だけで問題は解決できない。世界的な問題になっている。
ァ 原発は日本にもたくさんあるが、韓国にも37基ある。中国も台湾も原発だらけ。チェルノブイリ級事故を起こせば大変。スリーマリル島の原発事故後(1979)、日本に原発が乱立したワケ。資材が日本に流れ入る。
ァ 環境立国と美しい国とどんな関係があるのか。アジア、地球全体で考えないと解決しない。政府だけでない、自治体市民が率先して地球憲法をつくる。地域がしっかりしなければならない。
ァ G8 北海道洞爺湖 第34回主要国首脳会議 (34th G8 Summit)日本の北海道ザ・ウィンザーホテル洞爺

非核問題に対して
070806 広島市長の平和宣言
「唯一の被爆国である日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学び、それを世界に広める責任があります。同時に、国際法により核兵器廃絶のため誠実に努力する義務を負う日本政府は、世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきりと「ノー」と言うべきです。」
「非核宣言」非核平和運動は世界を変える
・ 市民が住んでいる所から始まる。広島や長崎の「非核宣言」も世界に広がっている。日本の非核自治体運動を韓国、北朝鮮、中国へと広げていく。

非武装宣言   非武装自治体条例(仮称)の制定  ジュネーブ協定追加議定書による。
国際武力紛争の際に、紛争当事国が手段の如何を問わず攻撃を禁止されている地域が「非武装地域(無防備地域)」自治体が宣言すると、その地域への攻撃は戦争犯罪として禁止される。

憲法を守る運動などへの問題提起
ァ 憲法の内容を実現していく、そのための政策提言をすすめる、憲法9条の考え方を世界に広げる、などの声をあげ、運動を展開することが重要。
ァ 憲法9条を実現していく体系的な政策提言を整理・具体化し推進していかなければならない。
ァ 各地域で無防備地域条例を制定するとりくみ。
ァ 「9条世界会議」2008年開催(9条の世界史的意義を世界の人々と検証・確認しよう)パンフレット

憲法遵守
平和憲法の九条を真に実践し、諸国に九条を憲法に入れる勧告をする。
日本は「戦争のできる国」になり軍事力などで「国際貢献」するのではなく、第9条を掲げ続けることで世界平和に貢献する。
ァ 九条を諸国の憲法に入れるように、日本政府が国連を通して呼びかけるなら、人類の歴史に残る輝かしい業績になる。 米国の核のカサに守られて、「非核三原則」を無視して、自衛隊の武力を毎年強化し、海外派遣して、日米安保条約の適用範囲を勝手に広げる限り、だれもそんな提案をする日本国を信用しない。
ァ 憲法9条2項を楯に、アメリカに軍需経済のための武力行使によって人殺しをすることをやめるよう提案する。
ァ 真の平和の基盤は人権尊重、自由、正義と愛である。信用され愛される国になりたいなら、日本政府は謙虚に過去の人道上の犯罪を謝り、現に長い苦しみを訴えている人の叫びに耳を傾けるべき。
ァ かつての戦争の時、キリスト教会もはじめは被害者だったが、巧言をもって戦争に組み込まれ、やがて戦争に加担し、加害者になってしまった。そのことを深く悔い改めた教会は、平和を脅かすいかなることにも決して手を貸してはならないと固く決意した。
ァ 安易な憲法改定に反対し、どんな改定が行われる場合でも、『平和的生存権』と『国際紛争の平和的解決』『戦力不保持と交戦権の否認』の3点については現行憲法の理念と原則を守り活かしていくことを求める。

憲法9条の世界化
ァ 日本はテロへの報復に対する軍事的な貢献ではなく、憲法9条の理念を元にする平和への貢献こそが世界から本当に必要とされている。日本での有事立法に反対し、平和を願う全ての人々と協力して「戦争のない21世紀」をつくる。
各国が9条を持つことでテロはなくなる。戦争をして殺し殺されるために軍事力を備えるフツーの国ではなく、人類の理想の実現、平和主義に固執する国として、国際貢献をする具体策を実践していく。9.11以降、世界はテロとそれに対する報復戦争の拡大へと動き、多くの人々が命を落とした。暴力では何ごとも解決しないことを世界は知るべき。
ァ 「憲法九条」を世界の憲法にしようとする世界的支援:1999年、ハーグ平和アピールの参加者:「公正な世界秩序のための10の基本原則」の第1原則で「各国議会は、日本国憲法第9条のような、政府が戦争をすることを禁止する決議を採択すべきである」と宣言した。21世紀を「戦争のない世紀」とするためには徹底的な非軍事平和思想を謳った日本の憲法第9条こそが世界の国々に取り上げられるべきであると確信。
ァ たとえ侵略しても、経済的にも、政治的にも、イデオロギーの面でも、何も得することがないということを、侵略しそうな国に感じさせたら、それこそ抑止力になる。 (「ヨーロッパの核と平和」三一書房参照)

諸国の平和への動き 世界には200近い国、あるいは政治単位がある。
ァ 全米市長会議では核武装をやめるべきだという動きが出ている。広島、長崎の被爆者や市民たち、日本人たちが叫び続けてきた結果、広島、長崎に続く第3の都市は起きていない、これも見えない日本の力だ、決して絶望することなく前を見て生きていこうと思っている……。
デニス・クシニッチ民主党下院議員(オハイオ州選出)「平和省」創設を提唱。国家には国防省や防衛省という組織が本当に必要か?との疑問を投げる。米大統領選に立候補した。「米国を世界から遠ざける政策を拒み、各国と協調して戦争に終止符を打つ勇気をもとう」「貧困や失業、人種差別、絶望、恐怖こそ廃棄すべき大量破壊兵器だ」という。(毎日新聞070914「発信箱」)
ァ 1984年4月20日、史上初めての出来事が起きた。フランスの国防大臣は反武力運動の三人の指導者と協約を結んで、侵略者に対する抵抗方法、非武力闘争の体験、その成果を全国民に広める具体的な計画案を研究してもらうために、一人当たり、一万フランの月給を保証した。核の抑止力が思ったほど効果的ではないと気づき始めた政治家と軍の幹部は、他の抑止力をさがすことにしたわけである。そしてフランスは徴兵制度を廃止した。
コスタリカも憲法で常備軍を持たないことにしたし、いま世界には軍隊のない国が27ある。戦力不保持というのは、国として非常識だと思われがちだが、決してそうではない。
ァ 軍隊のない国の多くは小国、経済力に劣っているので軍隊を持たないか持てない、という状況。それは日本の状況とは違うが日本が学ぶべきことは多々ある。軍隊のない国が他国と紛争が起きないようにするためには、平和外交をし、それぞれの地域の安全保障政策を具体化していくしかない。
ポーランドは何回も隣国の侵略を体験した。しかし独立を求めて動乱を起こし、武装闘争を展開した度に、一層ひどい弾圧を受けた。武力で勝つためにソ連よりもっと強い破壊力をもつ武器を手に入れなくてはならないので果てしない軍備競争の道を走ることになる。それは愚かな虚しいことだとして、ポーランド自主管理労組「連帯」は、武力なしに独立を取り戻すことにした。
ドミニカやグレナダ、セントルシアなどは東カリブ安全機構をつくった。
南太平洋のタヒチやマーシャル諸島共和国は南太平洋フォーラムというネットワーク、南太平洋非核地帯条約(ラロトンガ条約)を締結。
サンマリノ(周囲をすべてイタリアに囲まれた小国)、イタリアのオーストリアとの戦争の際にイタリアに協力したことによって国家の独立と安全保障を勝ち取った。
ルクセンブルクはNATO軍に国民を派遣している国であり、軍隊のない国とは言えないが、ここの平和外交も注目されます。今日EUの統合がすすみ、ヨーロッパ全体の平和と安全保障のとりくみがすすんできたが、EUがつくられる大元になったECC(ヨーロッパ経済共同体)、EC〈ヨーロッパ共同体〉の創設はルクセンブルクがイニシアティブを発揮。ルクセンブルクという小国は、まさに外交によって自国の存続と平和・安全保障をはかってきた。

ァ このような各国の外交努力に対して、日本の外交には戦略や工夫がほとんどない。戦後の日本の外交はアメリカの戦略に乗っかっているだけ。
ァ 日本はODA(政府開発援助)の最大の拠出国であり、それをどう日本と世界の平和と安全保障に結びつけていくのかも考えるべきだが、あまりそういう発想もない。他国からの攻撃を受けることや国家間の武力紛争が生じることのないよう本当に求められる平和外交の構築が今こそ必要

戦争絶滅受合法案
デンマーク フリッツ・ホルム陸軍大将起草 長谷川如是閑『我等』(1929.1)巻頭言で紹介。
「戦争行為の開始後又は宣戦布告の効力の生じたる後、十時間以内に次の処置をとるべきこと。即ち下の各項に鼓当する者を最下級の兵卒として召集し、出来るだけ早くこれを最前線に送り、敵の砲火の下に実戦に従わしむべし。
−、国家の元首。但し君主たると大統領たるとを問わず、尤も男子たること。
ニ、国家の元首の男性の親族にして十六歳に達せる者。
三、総理大臣、及び各国務大臣、並びに次官。
四、国民によって選出されたる立法部の男性の代議士。但し戦争に反対の投票を為したる者は之を除く。
五、キリスト教又は他の寺院の僧正、管長、その他の高僧にして公然戦争に反対せざりし者。
上記の有資格者は、戦争継続中、兵卒として召集さるべきものにして、本人の年齢、健康状態等を斟酌すべからず。但し健康状態に就いては召集後軍医官の検査を受けしむぺし。         
以上に加えて、上記の有資格者の妻、娘、姉妹等は、戦争継続中、看護婦又は使役婦として召集し、最も砲火に綾近したる野戦病院に勤務せしむべし。」


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5.教会の教え
キリスト者の使命  
教会はキリストに倣い、キリストの教えと生き方に従って生きる。平和の使徒としての使命を絶えず追求する。平和のために働くことは教会の本質的な使命、任務。キリストの平和を人々にもたらし伝えていくこと。
リ イエスは 憎しみではなくゆるしを、争いではなく和解を、暴力ではなく愛 と、諭された。
リ 右の頬を打たれたら、左の頬をだせ(Mt,5,39)、という教えは、殴られても殴られても非暴力という手段で立ち向かう、ということを意味する。
リ 人権問題 人間の尊厳の問題。キリスト者一人一人の信仰が問われている。「正義と平和」課題は信仰が本物であるかどうかの証。決して終末的預言として片付けてよいものでない。
リ 真の平和実現の闘い;弱者の痛みを解決するより、世の秩序維持を大事にする傾向が多い。家庭の秩序(平和といってもよい)、共同体・社会の秩序、平和の維持のためには、少数者の痛みは我慢すべきという考え方と勢力に対して戦うこと。 
リ 共同体の「平和」を乱すといわれ、村八分になっても心配するな、わたしはあなたと共にいる。痛みのある人々がいるかぎり、神の国の実現・真の平和に向かって行動し、葛藤を恐れてはならない。最後の一人まで。
リ いと小さきものにしたこと(Mt.25) ひとりにしたこと。One by one. 一人との出会いから。
リ 「平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5・9)。
教会の課題
リ イスラエル共同体の選びの目的:祝福の源となる。地上の諸民族の祝福の源になる。
リ 存在の教会から機能の教会へ 教会は機能の教会
@ 隣人のために存在するとき、教会ははじめて教会となる。制度化されると組織存立が前面にでてくる。教会の機能としての本質をとりもどすことが今、問われている。教会が真のシャロームをどう表すか。
A 正義といつくしみ、平和の充満(シャロームの充満)への働き。
B 和解の務め IICor.5 和解のことばをゆだねられた。祭壇に供え物をする前に和解せよ。
C 宣教への派遣 Mt.28 使命共同体 福音宣教:神を知る、畏れる
D 差別の克服〜終わりなき闘い
E 平和教育
リ 殉教者。 信教の自由のために闘った思想犯。神と公権力の間の権威の序列を知っていた。力や暴力に屈しなかった。武力で立ち向かうことなく、非暴力による抵抗、神に賛美を捧げながら命を捧げていった。

「宗教が政治に関わるべきでない」に対して
ァ 政教分離の解釈の間違い。本来は政治と特定宗教との関わりを禁じるもの。
ァ 信仰というものは、動詞のみ。信じて生きる、どう生きるか? 人生で何かを選び取るときに、どの価値観で選んでいるのか? 信仰が生きているか?
ァ 教会論の間違い。
リ 砦の教会。天国に入るための教会。世、罪、悪から逃れて、天国への直通の道。世の中と信仰が分離。世の中の出来事に無関心。
リ 旅する教会。神の国の完成を願う教会。互いに愛し合う世の中に向かって歩む。一人一人を大切にされる神への信仰は、一人一人を大切にする社会を作るよう努力させる。苦しんでいる人がいても黙ってみていられる信仰とはなにか? 最後のひとりの人が幸せになるまで、心が落ち着かない神ではないか?
ァ 社会で生きること、共に生きるために、社会の秩序をつくり遂行する政治がある、主体は人。人が生きやすくするための共同の取り決めをするのが政治。
各宗教の原点に立ち返る。それぞれの宗教がもつ解放の教えは何か。人間解放というコンテキストに立って諸宗教対話ができる。

教皇ヨハネパウロ2世 平和アピール(於・広島1981年)
「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。」
戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。
この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。もはや切っても切れない対をなしている2つの町、日本の2つの町、広島と長崎は、「人間は信じられないほどの破壊ができる」ということの証として、存在する悲運を担った、世界に類のない町です。この2つの町は、「戦争こそ、平和な世界をつくろうとする人間の努力を、いっさい無にする」と、将来の世代に向かって警告しつづける、現代にまたとない町として、永久にその名をとどめることでしょう。広島市長をはじめ、ここに集まられた友人の皆さん、私の声に耳を傾けているすべてのかたがた、私のメッセージが届くすべてのかたがたに申します。
1.本日、わたしは深い気持ちに駆られ、「平和の巡礼者」として、この地にまいり、非常な感動を覚えています。わたしがこの広島平和記念公園への訪問を希望したのは、過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことだ、という強い確信を持っているからです。この地上のありとあらゆるところに、戦争のもたらした惨事と苦しみのゆえに、その名の知られている場所が数多く、あまりにも数多く、存在しています。それは、人類の犯した悲しむべき行為だといわねばなりません。戦勝記念碑それは一方の側の勝利の碑であると同時に、数多くの人々の苦しみと死を物語るものです。国のために命を落とした人々、崇高な目的に命をささげた人々が横たわる墓地があります。同時に、戦争のもたらす破壊の嵐の中で命を失った、罪のない一般の人々が横たわる墓地もあります。強制収容所や死体処理場の跡そこでは、人間と侵すべからざる人権とがいやしめられ、野卑と残酷とが最も強く表されたところでした。戦場そこでは、自然が慈悲深く地上の傷をいやしていますが、人間の憎悪と敵意の歴史を消し去ることはできません。こうした数多くの場所や記念碑の中でも、特に広島、長崎は、核戦争の最初の被災地として、その名を知られています。あの陰惨な一瞬に生命を奪われた、数多くの男女や子供たちのことを考えるとき、私は頭をたれざるをえません。また、身体と精神とに死の種を宿しながら、長い間生き延び、ついに破滅へと向った人々のことを思うときにも、同様の気持ちに打たれるのであります。この地で始まった人間の苦しみは、まだ終わっていません。人間として失ったものが、全部数え尽くされたわけではありません。人間の考えやものの見方、ないし人間の文明に対して、核戦争がもたらした実害を目のあたりにし、将来の危険性を考えるとき、特にそうした想いに駆られるのであります。
2.過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。広島市の皆さんは、最初の原子爆弾投下の記念碑を、賢明にも平和の記念碑とされました。わたしは、この英断に敬意を表し、その考えに賛同します。平和記念碑を造ることにより、広島市と日本国民は、「自分たちは平和な世界を希求し、人間は戦争もできるが、平和を打ち立てることもできるのだ」という信念を力強く表明しました。この広島でのできごとの中から、「戦争に反対する新たな世界的な意識」が生まれました。そして平和への努力へ向けて新たな決意がなされました。核戦争の恐怖と、その陰惨な結末については、考えたくないという人がいます。当地でのできごとを体験しつつも、よく生きてこられた人々の中にさえ、そう考える人がいます。また、国家が武器を取って戦い合うということを、実際に経験したことのない人々の中には、核戦争は起こりえないと考えたがる人もいます。さらに、核兵器は力の均衡を保ち、恐怖の均衡を保つため、いたし方のないものだとする人もいます。しかし、戦争と核兵器の脅威にさらされながら、それを防ぐための、各国家の果たすべき役割、個々人の役割を考えないですますことは許されません。
3.過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。1945年8月6日のことをここで語るのは、われわれがいだく「現代の課題」の意味を、よりよく理解したいからです。あの悲劇の日以来、世界の核兵器はますますふえ、破壊力をも増大しています。核兵器は依然として製造され、実験され、配備されつづけています。全面的な核戦争の結果がいかなるものであるか、想像だにできませんが、核兵器のごく一部だけが使われたとしても、戦争は悲惨なものとなり、その結果、人類の滅亡が現実のものとなることが考えられます。わたしが国連総会で述べたことを、ここに再び繰り返します。「各国で、数多くのより強力で進歩した兵器が造られ、戦争へ向けての準備が絶え間なく進められています。それは、戦争の準備をしたいという意欲があるということであり、準備がととのうということは戦争開始が可能だということを意味し、さらにそれは、あるとき、どこかで、なんらかの形で、だれかが世界破壊の恐るべきメカニズムを発動させるという危険を冒すということです。」
4.過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うことです。広島を考えることは、核戦争を拒否することです。広島を考えることは、平和に対しての責任をとることです。この町の人々の苦しみを思い返すことは、人間への信頼の回復、人間の善の行為の能力、人間の正義に関する自由な選択、廃虚を新たな出発点に転換する人間の決意を信じることにつながります。戦争という人間がつくり出す災害の前で、「戦争は不可避なものでも必然でもない」ということをわれわれはみずからに言い聞かせ、繰り返し考えてゆかねばなりません。人類は、自己破壊という運命のもとにあるものではありません。イデオロギー、国家目的の差や、求めるもののくい違いは、戦争や暴力行為のほかの手段をもって解決されねばなりません。人類は、紛争や対立を平和的手段で解決するにふさわしい存在です。文化、社会、経済、政治の面で、さまざまな発展段階にある諸国は、多種多様の問題をかかえており、そのために、国家間の緊張や対立が生じています。こうした問題は、国家間の正当な協定や、国際機関のよって立つ、平等と正義という倫理原理に添って、解決されねばなりません。それは、人類にとって肝要なことです。国内秩序を守るために法が制定されるように、世界の国々には、国際関係を円滑にし、平和を維持するための法制度が作り上げられなくてはなりません。
5.この地上の生命を尊ぶ者は、政府や、経済・社会の指導者たちが下す各種の決定が、自己の利益という狭い観点からではなく、「平和のために何が必要かが考慮してなされる」よう、要請しなくてはなりません。目標は、常に平和でなければなりません。すべてをさしおいて、平和が追求され、平和が保持されねばなりません。過去の過ち、暴力と破壊とに満ちた過去の過ちを、繰り返してはなりません。険しく困難ではありますが、平和への道を歩もうではありませんか。その道こそが、人間の尊厳を尊厳たらしめるものであり、人間の運命を全うさせるものであります。平和への道のみが、平等、正義、隣人愛を遠くの夢ではなく、現実のものとする道なのです。
6.35年前、ちょうどこの場所で、数多くの人々の生命が、一瞬のうちに奪い去られました。そこで、わたしはこの地で、「人間性のため、全世界に向けて生命のためのアピール」を、人類の将来のためのアピールを、出したいと考えます。
 各国の元首、政府首脳、政治・経済上の指導者に次のように申します。正義のもとでの平和を誓おうではありませんか。今、この時点で、紛争解決の手段としての戦争は、許されるべきではないというかたい決意をしようではありませんか。人類同胞に向って、軍備縮小とすべての核兵器の破棄とを約束しようではありませんか。暴力と憎しみにかえて信頼と思いやりとを持とうではありませんか。
 この国のすべての男女、全世界のすべての人々に次のように申します。国境や社会階級を超えて、お互いのことを思いやり、将来を考えようではありませんか。平和達成のために、みずからを啓蒙し、他人を啓発しようではありませんか。相対立する社会体制のもとで、人間性が犠牲になることがけっしてないようにしようではありませんか。再び戦争のないように力を尽くそうではありませんか。
 全世界の若者たちに、次のように申します。ともに手をとり合って、友情と団結のある未来をつくろうではありませんか。窮乏の中にある兄弟姉妹に手をさし伸べ、空腹に苦しむ者に食物を与え、家のない者に宿を与え、踏みにじられた者を自由にし、不正の支配するところに正義をもたらし、武器の支配するところには平和をもたらそうではありませんか。あなたがたの若い精神は、善と愛を行なう大きな力を持っています。人類同胞のために、その精神をつかいなさい。
 すべての人々に、私はここで預言者の言葉を繰り返します。「彼らはその剣を鋤に打ちかえ、その槍を鎌に打ちかえる。国は国に向かいて剣を上げず、戦闘のことを再び学ばない」(イザヤ2・4)。
 神を信じる人々に申します。われわれの力をはるかに超える神の力によって勇気を持とうではありませんか。神がわれわれの一致を望まれていることを知って、団結しようではありませんか。愛を持ち自己を与えることは、かなたの理想ではなく、永遠の平和、神の平和への道だということに目覚めようではありませんか。
 最後に、わたしは自然と人間、真理と美の創り主である神に祈ります。
神よ、わたしの声を聞いてください。
それは、個人の間、または国家の間でなされた、すべての戦争と暴力の犠牲者たちの声だからです。
神よ、わたしの声を聞いてください。
それは人々が武器と戦争に信頼をおくとき、いの一番に犠牲者として苦しみ、また苦しむであろうすべての子供たちの声だからです。
神よ、わたしの声を聞いてください。
わたしは、主がすべての人間の心の中に、平和の知恵と正義の力と兄弟愛の喜びを注いでくださるよう、祈ります。
神よ、わたしの声を聞いてください。
わたしはすべての国、またすべての時代において戦争を望まず、常に喜んで平和の道を歩む無数の人々にかわって、話しているからです。
神よ、わたしの声を聞いてください。
わたしたちがいつも憎しみには愛、不正には正義への全き献身、貧困には自分を分かち合い、戦争には平和をもってこたえることができるよう、英知と勇気をお与えください。
おお、神よ、わたしの声を聞いてください。
そして、この世にあなたの終わりなき平和をお与えください。 
(広島にて 1981年2月25日)
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「平和と現代の日本カトリック教会 〜教皇「平和アピール」に答えて〜」
         日本カトリック社会司教委員会 1981.7 カトリック司教協議会発行  
本「平和と現代の日本カトリック教会 〜教皇「平和アピール」に答えて〜」 
平和への望み                本 「平和への望み」 1983年 司教団
平和への決意                本 「平和への決意」 1995年 司教団
 本 戦後60年平和メッセージ「非暴力による平和への道」〜今こそ預言者としての役割を〜
戦後60年平和メッセージ「非暴力による平和への道」〜今こそ預言者としての役割を〜
日本の教会の兄弟姉妹とすべての善意ある人々へ
<はじめに>
戦後60 年目の今年、「日本カトリック平和旬間」1にあたり、わたしたち日本カトリック司教団は日本の教会の兄弟姉妹とすべての善意ある人々へ平和メッセージを送ります。
 戦後50年に司教団はメッセージ『平和への決意』を発表しました。その中で、戦前から戦中にかけて日本のカトリック教会が「尊いいのちを守るために、神のみ心にそって果たさなければならない預言者的な役割についての適切な認識に欠けていたことを認め」、「神と、戦争によって苦しみを受けた多くの人々に対してゆるしを願い」2 ました。そしてわたしたちの回心のあかしとして、平和への実現に向かって貢献していくという決意を表明したのです。
それから十年を経て、平和への呼びかけにもかかわらず、世界はいまだに様々な暴力の連鎖から抜け出せないでいます。わたしたちは今こそ預言者としての役割、すなわち、「時のしるしを読み解き、神のメッセージを伝える」という役割を果たさなければならない時であると自覚するものです。
<人間の尊厳>
 平和の前提は、まず「人間の尊厳」にあります。わたしたちは、聖書の教えによって、人間の尊厳は人間社会がつくりだしたものではなく、神によって与えられたものであり、誰も侵してはならない普遍的な権利であると信じます。この「人間の尊厳」を前提にすることによってのみ、一人ひとりの基本的人権が守られるだけではなく、異なる文化を持つ世界の人々が一つにつながり、互いに愛しあう関係へと向かうことができるのです。このような理念は、世界人権宣言3 や日本国憲法4 にも明記され、「人間の尊厳」がすべての人に当てはまる普遍的な共通善であるからこそ、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」5 と宣言できるのです。
<アジアの国々との和解と連帯>
 この春、東アジア、とくに中国、韓国では、反日運動がこれまでにないほど激しいものとなりました。このような緊張の背景には、さまざまな理由がありますが、その一つとして、日本の最近の動きがあります。具体的には歴史認識、首相の靖国神社参拝、憲法改正論議などの問題が挙げられるでしょう。
 「過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことです」と教皇ヨハネ・パウロ二世は広島での『平和アピール』6 で繰り返し訴えました。日本人であるわたしたちは過去の植民地支配や武力による侵略という歴史的事実を真摯に受け止め、反省し、その歴史認識を共有することが求められています。そのことが二度と同じ悲劇を繰り返さないことを誓うことになり、将来に対する責任を担うことにもなるとわたしたちは確信しています。
 かつて軍国主義政権の圧力のもとで、当時のカトリック教会の指導者は靖国神社をはじめとする神社参拝を心ならずも「儀礼」7 として容認してしまいました。このことは過去の出来事として葬り去ることはできません。なぜなら、今まさに同じ危機が目前に迫っているからです。すなわち、憲法改正論議のなかで、政教分離の原則を緩和し、靖国神社参拝を「儀礼」として容認しようという動きが出てきているからです。日本の政教分離(憲法第20 条3 項)8は、天皇を中心とする国家体制が宗教を利用して戦争にまい進したという歴史の反省から生まれた原則なのです。だからこそ、日本国民であるわたしたちにとって、この政教分離の原則を守り続けることが、同じ轍をふまない覚悟を明らかにすることになるのです。
 東アジアの人々の信頼を回復し、連帯して平和を築いていくためにも、わたしたちはこれらの確固たる姿勢を示すことが必要ではないでしょうか。
<富の公正な分配と環境保全>
 現在、国家間の経済格差は一向に縮まらないばかりか、むしろ広がっており、さらに富める国でも貧しい国でも、国内での貧富の差が広がってきています。日本も例外ではありません。貧困は、生活苦だけではなく、人の移動とそれに伴う家族の離散、さらには人身・薬物・臓器の売買のような人間の尊厳を踏みにじる問題を生み出しています。
教皇ヨハネ・パウロ二世は、現代世界において人権といのちのグローバル化の必要性にふれ、次のように訴えられました。「排除され疎外されているすべての人が、経済的、人間的発展の圏内に入ることができるよう助けること、このことが実現されるためには、現在、わたしたちの世界が豊富に生産している余剰物を振り分けるだけでは不十分です。何よりもまず、生活様式や生産と消費のモデル、そして今の社会を支配している既成の権力構造の変革が必要です。」9
 また多くの紛争や暴力は、資源をめぐって起きており、地球環境保全が平和構築へむけて取り組むべき重要な課題であると認識されています。限りある資源を有効に使い、みなで公平に分配し、持続可能な方法で資源を管理し、最貧国の債務問題に取り組むことにより、紛争問題の解決に寄与することができるのです。この貧困をなくし、地球環境を守るという課題は、世界の政府、企業、団体、市民の連帯なくして効果を期待することはできません。
<非暴力を貫いて連帯を>
 2001年9月11日に米国で起きた「同時多発テロ」と、それに続くアフガニスタンやイラクに対する攻撃は、世界に衝撃を与え、深い亀裂をもたらしてしまいました。これらの武力攻撃は多くの一般市民を巻き添えにし、暴力の悪循環をもたらしています。このような中で、多くの宗教者や市民が報復反対と対話による和解を呼びかけました。教皇ヨハネ・パウロ二世は、聖パウロの教えに従って、平和は悪が善によって打ち負かされるときにのみもたらされる辛抱強い闘いの成果であることを明らかにしています。軍備と武力行使によってではなく、非暴力を貫き対話によって平和を築く歩みだけが「悪に対して悪をもって報いるという悪循環から抜け出す唯一の道」10 なのです。これはガンディーの非暴力による抵抗運動などが示しているように、多くの人々の共感をよぶものです。この非暴力の精神は憲法第9条の中で、国際紛争を解決する手段としての戦争の放棄、および戦力の不保持という形で掲げられています11 。60年にわたって戦争で誰も殺さず、誰も殺されなかったという日本における歴史的事実はわたしたちの誇りとするところではないでしょうか。
 暴力の連鎖から抜け出せない現代にあって、この非暴力の精神と実践を積極的に広め、世界の人々と共有することにおいて新しい連帯を築き、平和のために力を尽くしていきましょう。
<むすび>
最後にもう一度、教皇ヨハネ・パウロ二世の『平和アピール』の言葉を引用します。
「各国の元首、政府首脳、政治・経済上の指導者に次のように申します。正義のもとでの平和を誓おうではありませんか。今、この時点で、紛争解決の手段としての戦争は、許されるべきではないという固い決意をしようではありませんか。人類同胞に向かって、軍備縮小とすべての核兵器の破棄とを約束しようではありませんか。暴力と憎しみにかえて、信頼と思いやりを持とうではありませんか。」
 わたしたちは、この教皇の『平和アピール』を再び強く訴え、共に神に祈り、共に連
帯して非暴力による世界平和を築いていくように呼びかけます。平和の使徒として国々を歴訪し、預言者としての役割を果たした前教皇の遺志を継ぎ、わたしたちもそれぞれの場で、新教皇ベネディクト16世と心を一つにし、平和のために貢献していこうではありませんか。
    2005年 カトリック平和旬間に           日本カトリック司教団
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注記
1 日本のカトリック司教団は1981 年の教皇ヨハネ・パウロ二世の広島での「平和アピール」を受けて、翌年から「カトリック平和旬間」(8 月6日〜15 日)を制定し、特にこの期間世界平和を祈り、平和の決意を行動に移すように呼びかけている。
2参照『平和への決意』p.9
3参照『世界人権宣言』(日本ユネスコ協会連盟1979 年版・前文より「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と、平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である」
4憲法第11 条「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在および将来の国民に与へられる」
憲法第97 条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」
5憲法前文
6 1981 年2月25日、教皇ヨハネ・パウロ二世は広島平和記念公園で全世界に向け9か国語で平和アピールを行った。
7参照(1)「学生、生徒、児童の団体が神社に敬礼することには宗教的意味合いがないことを明確にしてほしい」駐日教皇庁使節と東京教区大司教の鳩山一郎文部大臣宛請願書1932.9.22 (参照『歴史から何を学ぶか』p.51 カトリック中央協議会福音宣教研究室編1999 年)
(2)「神社参拝は、教育上の理由に基づくもので、学生生徒児童の団体が要求されている敬礼は、愛国心と忠誠を現すものである」(文部省回答1932.9.30 雑宗140 号)(参照『歴史から何を学ぶか』p.51 カトリック中央協議会福音宣教研究室編1999 年)
(3)「日本帝国の司教たちは、次のことを信者に教えるべきである。政府によって国家神道の神社として管理されている神社において通常なされる儀礼は、(政府が数回にわたって行った明らかな宣言から確実に分かるとおり)国家当局者によって、単なる愛国心のしるし、すなわち皇室や国の恩人たちに対する尊敬のしるしと見なされている。・・・したがって、これらの儀式が単なる社会的な意味しかもっていないものになったので、カトリック信者がそれに参加し、他の国民と同じように振る舞うことが許される。」A.A.S.1936 (翻訳参照『歴史から何を学ぶか』p.134 カトリック中央協議会福音宣教研究室編1999 年
8憲法第20 条「信教の自由は、何人にたいしてもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国からの特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
 A何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
 B国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」
9教皇ヨハネ・パウロ2世回勅『新しい課題』58
1 0 2005 年1 月1 日「世界平和の日」メッセージ1
1 1憲法第9 条「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 A前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」
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信教の自由と政教分離 2007年 司教団             本 信教の自由と政教分離
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2007,6定例司教総会での教皇大使のメッセージ
・ 挨拶文抜粋 「最近成立した、新しい「教育基本法」と、「日本国憲法の改正手続に関する法律」は、日本国内だけでなく世界の多くの国々においても、多くの人々の懸念を引き起こしています。人々は、言論の自由や信教の自由が損なわれることや、戦争放棄(それは日本国憲法に記され、多くの人にとって、人類が紛争解決のために暴力を用いないことへの希望と祈りの象徴です)が、人類の利益にとってそれほど重要でないことに取って代わられることを心配しています。皆様は、政教分離の原則、憲法九条が日本だけでなく他国に対してももつ価値、そして平和のために働くことの重要性について、さまざまな明確な声明を出してこられました。これらはまことに称賛すべき勇気ある声明です。わたしはこの機会に、これらの声明と、平和と社会の一致を守るための皆様のご努力をわたしが支持することを確認させていただきたいと思います。この平和のおかげで、日本の教会は発展し、日本も過去50年以上の間繁栄できたからです。多くの人が、今、明確な方向づけと勇気ある指導を期待しています。わたしは皆様の最近の声明が日本の未来と世界平和に関心をもつすべての人から大いに歓迎されることを確信しています。」
・ バチカン国務長官のベルトーネ枢機卿の言葉を紹介「唯一の被爆国である日本の教会は、もっと軍縮、核廃絶のために声をあげるべき」
現代世界憲章  第5章 平和の推進と国際共同体の促進
77(序文)
・ 戦争の破壊と脅威がもたらす困苦と不安が今もなお重苦しく人々の上にのしかかっている。
・ すべての人が新たに改心して真の平和を求めなければ、真にいっそう人間らしい世界を建設するという仕事を果たすことはできない。
・ 平和を作る者は、「神の子と呼ばれるであろう」(マタイ5・9)と宣言する福音の知らせは新しい光。
・ 公会議は平和についての真実の崇高な意味を解明し、戦争の残酷さを断罪した後、平和の作者であるキリストの助けのもとに、正義と愛に基づく平和を打ち立てるため、また平和への手段を準備するために、すべての人と協力するよう、熱意をこめてキリスト者に呼びかたい。
78(平和の本質) 
・ 平和は単なる戦争の不在でもなければ、敵対する力の均衡を保持することだけでもなく、独裁的な支配から生ずるものでもない。平和を正義のわざと定義することは正しい。
・ 平和とは人間社会の創立者である神によって、社会の中に刻みこまれ、常により完全な正義を求めて人間が実現しなければならない秩序の実りである。
・ 平和は永久に獲得されたものではなく、絶えず建設すべきものである。
・ 他人と他国民およびかれらの品位とを尊重する確固たる意志、また兄弟愛の努力と実践は平和の建設のために絶対必要である。こうして平和は愛の実りでもある。愛は正義がもたらすものを越える。
・ 権利を擁護するために暴力を放棄して、弱い者にも使うことのできる防衛手段にたよる人々を、われわれは同じ精神に基づいて、賞賛しないわけにはいかない。
・ 「人間が罪びとである限り、キリストの再臨の時まで変ることなく、戦争の危険は人々を脅かし続けるであろう」。しかし、人々が愛によって結ばれる限り、罪に打ち勝ち、暴力にも打ち勝つであろう。こうして次のことばが実現する。「かれらは剣をすきに、槍を鎌に打ちなおすであろう。国々は互いに剣を取りあげず、もはや戦いのために訓練しない」(イザヤ2・4)。
80 (全面戦争)
・ 都市全体または広い地域をその住民とともに無差別に破壊するための戦争行為はすべて、神と人間自身に対する犯罪であり、ためらうことなく断固として禁止すべきである。
81 (軍備競争)
・ 多くの国が行っている軍備競争は、平和を確保する安全な道でもなく、それから生ずるいわゆる力の均衡も、確実で真実な平和ではないと人々は確信すべきである。それは戦争の原因を取り除く代りにかえって徐々に増大させる。
・ 常に新しい兵器を準備するために莫大な費用が消費されているのに反して、全世界の現代の悲惨を救うための充分な対策は講じられていない。
・ 国際間の紛争が真に根本的に解決される代わりに、世界の他の地域にまで紛争が広がっている。この醜聞が取り除かれ、世界が不安の圧迫から解放されて真の平和を打ち立てるためには、精神の改革から出発して、新しい道を選ばなければならない。
・ 従って、軍備競争は人類の最大の傷であり、耐え難いほどに貧しい人々を傷つけるものである、と再び宣言しなければならない。
82 (戦争絶対禁止と戦争回避のための国際協力)
・ 諸国の同意のもとに、どのような戦争も絶対に禁止される時代を準備するために、全力を尽くさなければならないことは明白である。、、、、
・ 平和は、兵器の恐怖によって諸国に押しつけるよりは、諸国民の相互信頼から生まれるべきものである。
* 軍備競争に終止符がうたれるように、すべての人が働かなくてはならない。
6.『ポプロールム・プログレシオ』諸民族の進歩推進について (パウロ6世)1967年
* (序説3)「飢えた民はいま富める民に苦しいうめきをあげて呼びかけています。教会はこの苦しみの叫びの前にふるえながら、みなさんのひとりひとりが兄弟の訴えに愛をもって応えるように求めています」
* (5)正義と平和委員会の設立。「ローマ教皇庁にひとつの委員会を設けました。この委員会は『すべての神の民に現代がかれらに要請している役割をじゅうぶんに認識せしめ、それによってより貧困な民の進歩推進と国家間の社会正義確立に便ならしめ、さらに低開発諸国を援助して、それらの諸国の自力による、自国のために進歩を可能ならしめること』を任務としています。」
* (80)状況の深刻さとなしとぐべきわざの緊急性を指摘したいと思って筆をとりました。行動開始の時を告げる鐘は、今鳴っています。これほど多くの罪なき幼子たちの生命を救えるかどうか、これほど多くの不幸な家族の生活条件を人間的なものに高めることができるかどうか、そして、世界の平和と文明の未来が保障されるかどうかは、この行動にかかっています。今やすべての人が、すべての国がそれぞれの責任を取って立ち上がるべき時です」

教皇ヨハネ23世「地上の平和」

教皇
教皇;「悪に負けることなく、善を持って悪に勝ちなさい」と呼びかけた。
・ 「悪は人間の自由がもたらした結果」とのべ、様々な紛争対立に、人類は責任があることを明確にする。
・ 誰かに責任があるのではなく、ましてや自然に紛争が発生するのでもなく、人類の一員として私たち一人一人には地球上の様々な武力の行使に責任がある。
・ 私たちは、仮に紛争や戦争の当事者ではないとしても、人類の一員として世界の様々な非人間的出来事に対して、声を上げていく責務がある。
・ 「全人類が、同じ源と同じ至高なる神によって、一つに結ばれているので、一人一人が人類家族の一員として、権利と義務を持った世界市民のようになる」と、世界規模での連帯の必要性を強調。
・ 災害における復興のための連帯だけではなく、平和を作り出すためにも善意を持ったすべての人が、その信じる宗教や思想は異なっても、家族の一員として手をつなぐ。
「紀元2000年の到来」で「識別の欠如」ということを嘆かれた。
リ 人類の歴史は進歩と発展の歴史ですが同時に戦争、破壊、殺戮の歴史でもある。20世紀は2つの世界大戦が行われた世紀であり、悲惨で不条理な、恥ずべき大量殺戮が行われている。それは具体的には、多くのキリスト者がさる20世紀において 全体主義政権が勢力を拡張する 時のその非人間的な本当の姿を見抜くことができなかったことを指している。教皇は、20世紀の歴史の中に置かれた教会が全体主義政権の人権侵害の動きを識別できなかったことを嘆いている。
同様の反省日本のカトリック教会は『平和への決意』を発表した。「今のわたしたちは、当時の民族主義の流れのなかで日本が国をあげてアジア・太平洋地域に兵を進めて行こうとする時、日本のカトリック教会が、そこに隠されていた非人間的、非福音的な流れに気がつかず、尊いいのちを守るために神のみ心にそって果たさなければならない預言者的な役割についての適切な認識に欠けていたことも、認めなければなりません」。
リ 戦前・戦中、日本のカトリック教会は外国の宗教として冷たい目でみられ、弾圧と迫害を受け、軍部から戦争に協力するよう強く圧力をかけられた。
リ しかし今日、次のように言うべき。「私たちの教会は、預言者としての役割を果たすべき!」。同じ過ちを繰り返してはならない。
リ 「教皇のこの呼びかけに応えて、私たちも、人間として、信仰者として、戦争へ向かった過去の歴史についての検証を真剣に行い、真実の認識を深め、悔い改めによる清めの恵を願いながら、新たな決意の元に世界平和の実現に挑戦したい」。

「世界平和の日」メッセージ
教皇パウロ六世 「世界平和の日」メッセージ
1968年:「平和の日」を催すことの呼びかけ
1969年:「平和の日」のために
1970年:平和は、創造的な愛の業である
1971年:あなたがたは皆、兄弟である
1972年:正義は平和の土台である
1973年:平和は本当に可能である
1974年:平和はあなたにもかかっている
1975年:和解平和への道
1976年:平和を達成するための真の武器について
1977年:平和を欲するなら、生命を守れ
1978年:暴力を排し、平和を求めよう
教皇ヨハネ・パウロ二世「世界平和の日」メッセージ
1979年:平和を達成するための平和を教えよ
1980年:真理こそ平和の力
1981年:平和を得るためには自由を尊べ
1982年:平和、私たちに託された神からの贈り物
1983年:平和のための対話、現代への挑戦
1984年:新しい心から平和は生まれる
1985年:平和と青年はともに前進する
1986年:平和、それは限りなく、価値あるもの。東西、南北ひとつの平和
1987年:発展と連帯:平和への二つの鍵
1988年:「信教の自由」平和な共存のための条件
1989年:少数者の尊重なしに平和は来ない
1990年:創造主である神ととともに生きる平和、創造されたすべてのものとともに生きる平和
1991年:もし平和を望むならば、各人の良心を尊重しなさい
1992年:一つになって平和を築く信仰者
1993年:平和を望むなら貧しい人に手をさしのべよう
1994年:家庭こそが人類家族の平和を創る
1995年:平和の教育者女性
1996年:子どもたちに平和な未来を贈りましょう
1997年:どうかゆるし合ってください、そして平和を手にしてください
1998年:一人ひとりの正義から、すべての人の平和が生まれる
1999年:人権の尊重こそ平和実現のかぎ
2000年:地には神の愛する人びとに平和!
2001年:文化間の対話愛と平和の文明に向けて
2002年:正義なしに平和はなく、ゆるしなしに正義はありません
2003年:地上の平和変わらない決意
2004年:常に時にかなった取り組みである平和の教育
教皇ベネディクト16世「世界平和の日」メッセージ
2005年:悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい
2006年:平和は真理のうちに
2007年:平和の中心である人間の人格


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4.聖書の教え

聖書の中での『平和』シャローム
その契約の民イスラエル中に、傷ついた部分のないこと。正義が行われていること。これが神のシャローム。
「世が求める平和」:弱者にしわ寄せ 平安・平穏・争いのない状態。家庭内・仲間・共同体・地域・職場・民族など、それぞれのグループの中に葛藤がないこと。
1. メシア預言:平和の君の姿。
l イザヤ9,5-6 平和の君、メシア預言
「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられる。ダビデの王座とその王国に権威は増し、平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって、今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。」
l イザヤ11,1-10  平和の王、メシア預言
「エッサイの株からひとつの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育ち、その上に主の霊がとどまる。知恵と識別の霊、思慮と勇気の霊、主を知り、畏れ敬う霊。彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。目に見えるところによって裁きを行わず、耳にするところによって弁護することはない。弱い人のために正当な裁きを行い、この地の貧しい人を公平に弁護する。その口の鞭をもって地を打ち、唇の勢いをもって逆らう者を死に至らせる。正義をその腰の帯とし真実をその身に帯びる。狼は小羊と共に宿り、豹は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち、小さい子供がそれらを導く。牛も熊も共に草をはみ、その子らは共に伏し、獅子も牛もひとしく干し草を食らう。乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ、幼子は蝮の巣に手を入れる。わたしの聖なる山においては、何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。水が海を覆っているように、大地は主を知る知識で満たされる。その日が来れば、エッサイの根は、すべての民の旗印として立てられ、国々はそれを求めて集う。そのとどまるところは栄光に輝く。」
Is.11,1-10 平和を作る人と行動をいう。具体的な平和の業:「平和を創り出す人は幸い、、、」のactiveな行動につながる。行う業は、目に見えるところで裁かず、、、(外見に惑わされない)
・神の霊に充ち満ちている。霊に満たされないと平和の業はできない。
・主を知る知識 霊の賜物 主を知る(畏敬 畏れること)、神への畏敬の念が一番大事。
・神の言葉、真理の言葉を語る。口の鞭:神の言葉のこと、武器ではない。
・共栄できる 狼も、、、共に宿り、、、 神の創られたものは共存共栄できるはず。自分さえ良ければ、というのではなく、人間界のみならず、被造界全体の回復。
神の創造の業の回復(平和の樹立は) 主を知る知識で満たされる。(福音宣教の目指すところ)
2. 平和と正義、愛、慈しみの業は分けられない。正義と真理と公平と一体でない平和はない。 
「正義が造り出すものは平和」であり、やもめ・孤児・寄留民などにたいする神の配慮が度々言及される。虐げられる者がいるかぎり、平和な状態ではない。不正が行われ、虐げられる者がいる限り、イスラエルの神は、裁きをくだしたのが旧約の歴史。
リ イザヤ12,18-21 「正義を勝利に導くまで、彼は傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さない。」
リ 詩編85:11-12 「慈しみとまことは出会い、正義と平和は口づけし、まことは地から萌えいで、正義は天から注がれます。」 まこと:Loyalty 忠誠心 平和、正義、ヘセド、アーメン:神に対する忠実。今の時代 不信の時代、人間不信、偽物、騙し合い。
3. 神が一番厳しい言葉を言われたこと、神が怒られたことはなにか。
リ 申命25,17-19 アマレクを滅せ 「あなたたちがエジプトを出たとき、旅路でアマレクがしたことを思い起こしなさい。彼は道であなたと出会い、あなたが疲れきっているとき、あなたのしんがりにいた落伍者をすべて攻め滅ぼし、神を畏れることがなかった。あなたの神、主があなたに嗣業の土地として得させるために与えられる土地で、あなたの神、主が周囲のすべての敵からあなたを守って安らぎを与えられるとき、忘れずに、アマレクの記憶を天の下からぬぐい去らねばならない。」
アマレク(人でなしの代名詞)神を畏れる霊のないことの悪い例。
神はアマレクの記憶を天から脱ぎ去られる。新旧合わせて一番神が厳しい言葉を言われる箇所、怒られた箇所。 弱い者からなぎ倒して平気なアマレク人たち;滅ぼされる。
  Gen.18,16ー19,29 ソドムの罪 ソドムの滅亡の話
18,20: 「主は言われた。「ソドムとゴモラの罪は非常に重い、と訴える叫びが実に大きい。わたしは降って行き、彼らの行跡が、果たして、わたしに届いた叫びのとおりかどうか見て確かめよう。」その人たちは、更にソドムの方へ向かったが、アブラハムはなお、主の御前にいた。アブラハムは進み出て言った。「まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか、、、、。19章 滅亡の話 
ソドム:安閑、レジャー、飽食をむさぼる民。高慢ちき、命に対する感覚がない。貧しい者、、、を助けなかった。働かなくていい、豊か、ソドムと呼ばれる(この世のエデン、と言われた:ロトはそちらを取った。)(ロトはソドムの門前に居る。入れてもらえなかった)しかし、ソドムは堕落した町。やりたい放題の町、人にあらず、人間の死人を作っていた町。人としての感覚がない、命への感覚がない。
4. 人間の尊厳 神の像としての人間:Gen.1
神はわれわれに似せて人を造る。交わる存在として造られた。男と女と等しく交わる存在として造られた。助け手:共に生きる存在。人間中心主義  ひとりひとりを大切にする。
5. 命の感覚と神への畏れ
リ 出エジプト.1,17+21
17:「助産婦はいずれも神を畏れていたので、エジプト王が命じたとおりにはせず、男の子も生かしておいた。」
21: 「助産婦たちは神を畏れていたので、神は彼女たちにも子宝を恵まれた。」
リ I列王21  ナボトのぶどう園の話(命の感覚の無い王制国家→悲惨な結果をもたらす)
リ アモス5・11-12「お前たちは弱い者を踏みつけ、彼らから穀物の貢納を取り立てるゆえ、切り石の家を建てても、そこに住むことはできない。見事なぶどう畑を作っても、その酒を飲むことはできない。お前たちの咎がどれほど多いか、その罪がどれほど重いか、わたしは知っている。お前たちは正しい者に敵対し、賄賂を取り、町の門で貧しい者の訴えを退けている。」
お前たちに貧しい人に対する配慮はあるか。正義と恵みの業(愛の働き)が並列されている。恵みの業が伴った時、正義は実る。恵みの業が伴わない正義の追求は真の実りをもたらさない。
ア. 人間観を識別する大事な基準:人権感覚のなさは男尊女卑に現れる。その人の女性に対する感覚。
平和の実現のためには、神を知ることが必要、神の霊に満たされること。神の息、神の霊、神の望みは人間回復。神の似姿としての人間の尊厳回復。イザヤ書32:15-18「ついに、我々の上に霊が高い天から注がれる。荒れ野は園となり園は森と見なされる。そのとき荒れ野に公平が宿り、園に正義が住まう。正義が造り出すものは平和であり、正義が生み出すものはとこしえに安らかな信頼である。わが民は平和の住みか、安らかな宿、憂いなき休息の場所に住まう。」
  その他の聖書箇所
リ エゼキエル書.37,26- わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。それは彼らとの永遠の契約となる。わたしは彼らの住居を定め、彼らを増し加える。わたしはまた、永遠に彼らの真ん中にわたしの聖所を置く。」平和の契約  神の約束、平和の約束。失楽の後、神抜きの生活。平和の使者 福音を告げる者。人間同士の約束はもろい。神抜きの約束 神だけが破らない。 死んでも神とのつながりが切れない。
リ イザヤ書 2・4「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らはその剣を鋤に打ちかえ、その槍を鎌に打ちかえる。国は国に向かいて剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」。
6. 平和の君の国:正義と恵み(憐れみ、正しさ)の業と関わる。正義と恵みと繋がらない平和はない。実現されたものとして、新約のイエスに表れる。
7. 新約のイエス
リ 平和の君としてこの世に遣わされたキリスト
@ エフェソ2・14 「実にキリストは私たちの平和であります」
A コロサイ3・15「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。
8. キリストの平和 武器や武力によらない平和、あらゆる暴力の否定。
リ マタイ 26・52「剣をとる者はみな剣で滅びる」
リ 病人、抑圧された人、苦しむ人に対して、律法を超えて交わるイエス。人に対する限りない愛。清潔律法、安息日の掟、等々。弱者が無視され、強国の支配や武力により国々のバランスを保つ「アメリカの平和」、「国連の平和」などとは違う。
リ 弱い人を無視するファリサイ人に怒られたキリスト
リ 平和を与えるイエス 
@ ヨハネ20・19「あなたがたに平和があるように」私によって平和を得るため、
A Jn.14・1- 「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。
B Jn.14・27「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。」世が与える平和と、イエスが与える平和をはっきりと区別。
C Jn.16・33「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」
D 聖霊によって、神が内在するから、平和が成就する。消えてなくなる平和ではない。イエスの十字架によって与えられる平和。神はイエスを通して平和を与えられる。
リ Col.3・15また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。
リ キリストの平和が心を支配するように。キリストの神秘体 平和を創るため。具体的業。
リ キリストの平和はあらゆる差別を超えた平和。神秘体であるキリスト共同体。教会内、平和の偽の働きをまずわきまえることが大切。そこから真の人間化が始まる。偽の価値に自分の身をまかせてしまう、、偽の平和
リ その福音の世界、神の国とおなじ意味。正義が貫徹していること。
平和ではなく剣を(マタイ10・34〜37、ルカ12・51〜53) 火:霊 
マタイ10:34-37 「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、娘を母に、嫁をしゅうとめに。こうして、自分の家族の者が敵となる。わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない
平和ではなく、剣を持ってきた。日常生活の中で、大事に思っているのは家族。家族関係。そういう人間にとって一番大事なことよりも、もっと大事なことがあることを教えている。ただ仲良くする(ケンカをしない)ということよりも、むしろ、もっと大事なものと大事でないものとをはっきり剣で切るように。神と関係のないものとをはっきりと区別することを教える。きっぱりと違いを際だたせること。それを判らない親は、神による平和を知らない。対立を助長するというより、その違いをはっきり区別する。曖昧にしておかない。はっきり区別することの必要性。善悪、本物と偽物、をはっきり見せる。正しい神による平和を生きることが出来るように。はっきりとさせる。


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3.非暴力による平和の道
「武力で平和はつくれない」
(市民意見広告運動編・合同出版)
@. 「近年の戦争は多くは国家防衛権の名で行われた。正当防衛権を認めることが戦争を誘発する」(吉田首相)
A. 軍隊では市民は守れない。軍隊は政府とその指揮系統を守る、政府に敵対するものを殲滅することを第一義的な目的とする組織。
沖縄、中国等、歴史が証明している。
2003年鳥取県、住民避難訓練で「主要な道路は自衛隊が使うため県外へ避難する住民と共有できない」と訓練は見送り。
B. 「最低限の自衛力」には際限がない。2006年の防衛費総計は4兆8千億円(除・思いやり予算2000億円)。   
一万円を重ねると48キロメートル  4,800,000,000,000
C. イラクでは3年間で民間犠牲者は65万人、米兵死者は3500人を越えた。05年、ブッシュは大量破壊兵器が存在しなかったことを認める。チェイニー副大統領は石油関連会社ハリバートン社の最高経営責任者。その子会社ケロッグ・ブラウン&ルート会社は米軍の兵站部門を請け負う。(兵站(へいたん、military logistics, logistics)とは、部隊の戦闘力を維持・増進し、作戦を支援する機能・活動をいう。一般的に弾薬・食料・燃料などの補給、武器、装備の性能維持のための整備、衛生(医療)、物資や装備の輸送などの労務を包括的に指す。後方補給ともいう)
D. 核兵器 → 米国9660発の核弾頭、5735発作戦配備。ミサイル防衛、米国のPAC3とSM3を買うだけで一兆円。   当面導入するミサイル1兆円。 
弾道ミサイル防衛(BMD)のための地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)スタンダードミサイル(英:Standard Missile)はアメリカ海軍が開発した艦隊防空用の艦対空ミサイルである。開発には複数の企業が関わったが、現在の主契約社はレイセオン。スタンダード艦対空ミサイルは大きくSM-1、SM-2、SM-3の3つに分けられる。
E. 2002年〜06年までで4兆9千億円増税。医療費自己負担、年金改悪、定率減税の半減・・・。
F. 他国の脅威 → 北朝鮮は領土拡大政策を取っているわけではない。中国、韓国、北朝鮮は一度も日本を侵略したことがない。東京の足立区の予算規模の国。

正当防衛論
@. 正当防衛で相手を殺したとしても罪に問われないということで、報復せよ、ということではない。
A. かつての戦争と、現代の戦争とでは、その規模が全く違う(無差別殺戮に近い)

9条保持か9条改定か の比較
9条を変え、軍を持った場合            9条を今より徹底する場合
_ アジア諸国では警戒感が増す。        *日本に対する安心感が増す
_ アジアで軍拡が起こり、一触即発の危機    *軍拡に歯止めがかかる
_ 米軍と一体化し、世界戦略に組み込まれる   *米国の戦争には一切加わらない
集団的自衛権によって世界各地で軍事行動   
米国への物質、人的協力増大
世界の反感を買い、テロの脅威が増す     *テロの脅威はほとんどない
_ テロリストを見つけるため監視制度を徹底する *監視は必要なくなる
_ 防衛費は拡大、財政は圧迫され福祉が削られる *福祉、教育、医療の予算が充実
_ 軍需産業が盛んになる            *環境、非軍事分野での開発が進む
_ 軍事面での国際協力が進む          *非軍事分野での国際協力が進む
_ 米国の現政権からの評価は上がり、      *世界から尊敬される
国際的評価は下がる           
_ 侵略された場合、軍事で撃退できる      *侵略を許す
その場合の死者は、多大           *死者は少ない
破壊度はすさまじい             *破壊度は少ない
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世界の軍事費 2006.6 http://www.chikyumura.org/earthNow/booklet/1/42.pdf
・総額は1年間で約1兆ドル(約120兆円)  世界の軍事費のうち4割以上がアメリカ、国連常任理事国5カ国で6割、G8で7割
世界各国の軍事費「ミリタリーバランス2005年」
1.米国:4562億ドル/ 2.ロシア:652億/ 3.中国:560億/ 4.フランス:457億/ 5.日 本:428億/ 6.英国:428億/ 7.ドイツ:351億/ 8.イタリア:277億/ 9.サウジアラビア:187億/ 10.インド:155億/ 11.韓国:146億/ 12.トルコ:117億/ 13.オーストラリア:117億/ 14.イスラエル:108億/ 15.カナダ:101億 (北朝鮮:55億,イラン:30億)
世界の軍需企業ビッグ20 兵器売上高「2004年ストックホルム国際平和研究所資料
1.米国:ボーイング:205億ドル/ 2.米国:ロッキードマーチン:189億/ 3.米国:ノースロッブグラマン:178億/ 4.米国:レイセオン:152億/ 5.英国:BAEシステム:140億/ 6.米国:ゼネラルダイナミック:98億/ 7.フランス:タレス:68億/ 8.フランス:EADS:56億/ 9. 米国:UT:46億/ 10.イタリア:フィンメカニカ:37億/ 11.米国:L-3コミュニケーション:30億/ 12.米国:サイエンスアプリケーション:30億/ 13.米国:コンピュータサイエンス:29億/ 14.米国:ロールスロイス:29億/ 15.日本:三菱重工:28億/ 16.米国:ゼネラルエレクトリック:22億/ 17.フランス:DCN:21億/ 18.米国:ハニーウエルインターナショナル:18億/ 19.英国:G K N:18億/ 20.米国:ユナイテッドデフェンス:17億
世界の軍事費を使ってできること
★世界のすべての埋まっている地雷の撤去  330億ドル
 現在世界中にある地雷は1億1千万個。地雷1つを除去するために300ドル+かかる。世界中の全ての地雷を除去するためには、最低330億ドルあれば可能。アフガニスタンの国内の地雷は1000万個、30億ドルで除去できる。
★すべての地雷被害者に義足などを贈る  約3億ドル
 地雷による被害者は25万人(死者を含めると50万人)。さらに毎年2万5千人の犠牲者が出ている。2億5千万ドルでこの人たちに義足を贈ることができる。
★アフガニスタンの復興  250億ドル (国連環境計画UNEP
 アフガニスタンの難民は、国内外合わせて750万人。この人々も含め、全てのアフガニスタンの人々が安心して生活できるようになるために250億ドルが必要といわれている。日本の軍事費の約半分、米国の1/10でこれは可能。
★世界の飢餓に苦しむ人(約8億人)の1年分の食糧援助(国連世界食糧計画)980億ドル
★世界中の約2000万人の難民支援用テントや毛布を援助(国連ユニセフ他) 1億ドル
★世界中の人々に基礎的な教育を受けさせる。(ワールドウォッチ研究所) 60億ドル
★世界中の子供達をビタミン不足による失明から救う(国連WHO)  2000万ドル
★世界中の人々に安全な飲み水と下水設備を提供(ワールドウォッチ研究所)90億ドル
★世界中の砂漠化の防止 (国連砂漠化防止条約)  87億ドル 
以上を全てを実行しても 計1801億2000万ドル
英国国際戦略研究所URL http://www.iiss.org/
あなたならどちらの道を選びますか?
戦争を放棄して、決して軍隊を持たない、軍需産業で金儲けをしない、ということを宣言することによる危険と、アメリカの楯となる軍事武装に膨大な国家予算を注ぎ込み、アメリカの敵の攻撃目標になることと、いったいどちらが危険なのだろうか。
 その危険度を比較する方法はないかもしれないが、戦争という武力報復の連鎖に巻き込まれることは、人びとに憎悪と苦痛と醜悪しかもたらさないことだけは歴史が明らかにしている。
マザーテレサ
「どうか平和への道を選んでください。短い間には、戦争の勝者と敗者がいるかもしれません。でも、決して、苦しみ、痛みは消えず、武器が引き起こす生活の損失を正当化できるものではありません」 
ガンディー
ァ 非暴力について、「不殺生にもとづく非暴力運動は、反対者を征服するための闘争ではなく、お互いが向上発展し、平和な生活環境を作るための戦いなのです」
ァ 「不可触民制度を廃止し、人間のすべてを平等にしなければ、どんなに不服従運動や国産品愛用運動が成功しても何の勝ちもありません。これらはすべて、同じように重要であり、同じ価値をもっているのです」          
キング牧師の反ベトナム戦争運動も同じ視点


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2.日本国憲法
憲法改正が目前にせまってきた。憲法は最大の危機を迎えている
ァ 日本では「戦争のできる国」になるためにこの9条の改悪・改憲の動きが強くなっている。
ァ 「国際貢献」を「戦争のできる国」になり軍事力などで実行することであると考えている。
ァ 政治権力は宗教や教育を利用して国民を洗脳し、財界と癒着する。
リ 9条改悪の動きと併せて、首相の靖国神社参拝や教育現場などでの君が代斉唱・日の丸掲揚の強制に見られるように第20条の信教や思想の自由も既に侵され続け、教育基本法も改悪された。
ァ 9条は、戦争に加担しないための最後の歯止め。現実には9条がありながら海外派兵を強行するような状態。これでもし9条が改廃されたら何の歯止めもなくなる。
ァ 軍事最優先の超軍事大国になり、徴兵制がしかれ、民生福祉部分などへの予算配分は削減され、思想や信教の自由がさらに侵犯される。有事法によって教会堂等が接収される危険性もある。 そして平和を失う。
ァ 61年目の誕生日を迎え現憲法には危機があった。(公布1946.11.3、施行1947.5.3)
1. 自衛という屁理屈のもとに自衛隊が組織されたとき。それが屁理屈だというのは、近代国家において「自衛」を標榜しない軍隊はどこにもないから。1度目の危機のときは、自衛隊の任務は「専守防衛」に限るということで、一応の歯止めがかけられた。1950朝鮮戦争(米軍からの再軍備要請を憲法をたてに拒絶)1952年保安隊、1954年自衛隊。
専守防衛は戦後の日本(自衛隊)の基本的な軍事戦略とされてきた。これは全般的な作戦において相手の攻撃を受けてから初めて軍事力を行使すること、その程度は自衛の必要最低限であり、必要があったとしても相手国の根拠地を攻撃するという戦略攻勢を禁止し、自国領土またはその周辺でのみ作戦すること、相手国の侵攻はそのたびに撃退するということ。
2. 「国際貢献」の名のもとに、1992年国連PKOとして自衛隊がカンボジアに派遣されたとき。この場合も、「非軍事的な業務」に限られるということで歯止めがかけられた。
3. 「国際貢献」。その歯止めは「憲法のもとで」。
4. 最大の危機:「特措法」を作って自衛隊は装甲車まで抱えサマワに行った。いまイラクでは航空自衛隊が米軍の兵士や物資を運んでいる。解釈改憲ギリギリまできて、一気に改憲にいこうとしている。
5. 現在、インド洋で給油活動。対テロ特別措置法によるのに、イラク戦に利用されている疑い大。補給艦「ときわ」から空母キティホークに給油(イラクへのミサイル攻撃)  既成事実を作る。
国が攻められて時、守らなくてもいいのか?の議論  
   
本 「時のしるしを読み解き宗教者の役割を考える」憲法9条と安全保障のジレンマ
前提に軍事力がある。今は第5位の軍事費を使う日本。しかし9条が歯止めになっていてアジア諸国は脅威とは感じていない。現実には自衛隊があり、将来これを軍事としてゼロに近い方にもっていくのか、9条を変えて米国に変えていくのか、今迫られる選択。どうして攻められるのか、攻められる前にすべきことは?
一体どこの国が日本を侵略する意思と能力があるか?
日本は四方を海で囲まれて他国から極めて攻められにくく、それだけで十数個師団に匹敵するといわれている。その日本に上陸侵攻するというのは、一目瞭然に侵略と断定される。国際社会にそうした汚名を着せられながら、国連からも経済的、武力的制裁を受けるリスクとコストを考えれば、それでも日本を占領する利益が

憲法前文
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。  日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。(1946年11月3日公布)
キリストの教えにも合致している大変優れた平和のための条文。
憲法12条
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」 憲法制定主権者たる国民は、その改定に関して積極的に賛否の意思表明をしなければいけない。そのために憲法の専門家である必要はない。わたしたち一人ひとりが自分なりの思いや考えを持つことが、政府、与党のしたい放題の横暴の末の現況を押し返す最後の手段。
第13条 基本的人権
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
 「自民党新憲法草案」(自民党は改正憲法とは言わず「自民党新憲法」戦後60年間、日本の人びとの暮らしの柱となってきた憲法を根幹から変えようとする意図が明白ではこの13条の「公共の福祉」が「常に公益及び公の秩序に反しない限り」となっている。「公益及び公の秩序」の内容は常にその時の権力を持つ者たちによって決められるという現実があるからこそ、権力を持たない一般国民に憲法があるはず。『秩序を乱さない限りとの条件は、明治憲法に逆戻り』」
第20条 信教や思想の自由
 「信教の自由は何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
<自民党新憲法草案>(05年10月28日発表)1.. は同じ。
3. 国及び公共団体は、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超える宗教教育その他の宗教的活動であって、宗教的意義を有し、特定の宗教に対する援助、助長若しくは促進又は圧迫若しくは干渉となるようなものを行ってはならない。
政治権力は、戦争などの悪しきことを進めていくとき、しばしば、宗教や教育を利用し、財界と癒着する。首相の靖国神社参拝や教育現場などでの君が代斉唱・日の丸掲揚の強制に見られるように第20条の信教や思想の自由も既に侵され続け、教育基本法の改悪もされた。
第21条 表現の自由
「集会、言論、出版その他の一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」(GHQ案通りになった)
(日本政府案は)凡テノ国民ハ安寧秩序ヲ妨ゲザル限リニ於テ言論、著作、出版、集会及結社ノ自由ヲ有ス。検閲ハ法律ノ特二定ムル場合ノ外之ヲ行フコトヲ得ズ。」
第99条 憲法そのものについて
 「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」 
 憲法とは国政に携わる人びとが権力を乱用しないための枠組みを定めたもの。
 戦前の帝国憲法の起草者の一人、伊藤博文ですら:「憲法を創設するの精神は第一君権を制限し第二臣民の権利を保護するに在り、政にもし憲法において臣民の権利を列記せず、ただ責任のみ記載せば、憲法を設けるの必要なし」と言った。
 ところが国会では、国民の権利ばかり書いてある憲法には、もっと義務をいれるべきだとの意見がある。憲法が、わたしたちを守るものから、わたしたちを縛るものへと変えられようとしている。
第9条 戦争の放棄
 「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」
2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」
9条の戦争放棄の条文:重要なのは2項。
1項の「(平和主義)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」  は、理念。同じことは国連憲章にもある。
「自民党新憲法草案」では、この2項が削除され、代わりに4項目にわたって、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持することが定められている。
<自民党新憲法草案> 第2章 安全保障
第9条 (平和主義)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第9条の2(自衛軍)
@ 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
A 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
B 自衛軍は、第1項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
C 前2項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。
三番目の項目:集団的自衛権
 安倍首相の私的懇談会;秋までに結論を出そうとしている集団的自衛権。それが米国の強い要望。政府は集団的自衛権を可能にするために日本が必要な措置をとらなければ、日米同盟に深刻な影響がでると、憲法九条改定のプレッシャーを日本政府にかけている。現行憲法はGHQによる押しつけだったから、自分たちの手で新しい憲法を作るというが、実は米国政府の圧力に押されての改憲押しつけ。
ァ 「自国の軍隊を持つフツーの国になるために」とか、靖国問題などで自ら近隣諸国を刺激して「防衛上の危機が高まっている」等の弁明のもとに、米国の言うなりになっている。
ァ 「日本を米国の不沈空母に」(中曽根時代、リーガン政権の圧力)自分の国土と国民をのために軍事的攻撃対象として投げ出す首相か?  安倍首相は同様に、日本の国土と国民を米国の弾道ミサイルの楯として捧げようとしている。
ァ 国防省長官ロバート・ゲイツ(元CIA長官):去る5月、日本の大臣との電話会談で、日本が集団的自衛権を行使できるようにし、日本のミサイル防衛システムが楯となって米国を守らなければ、日米同盟を維持することはできないと警告。(共同通信) 中国か北朝鮮から米国へ向けて発射された弾道ミサイルを日本が撃ち落とす軍備。米国へミサイルが発射される前に日本の軍事施設がまず攻撃されることになる。日本は米国の楯なのだ。さらに日本の上空を通るか?との疑問もある。 
ァ 北朝鮮の脅威と誇大宣伝:足立区ほどの国家予算、国民の半数が飢えている国。経済力と外交力によって対立を回避する努力は何故なされないのだろうか。
軍需経済の支配
アイゼンハワー大統領の有名な演説(
1960年辞任の辞):戦後15年間で、社会が、産学軍複合体としての軍需経済に支配されつつある ということに警鐘を鳴らす苦渋に満ちた憂慮の言葉。今、米国の経済は軍需産業によって維持され、アイゼンハワーの心配をはるかに通り越すレベルで米国は軍需経済にすみずみまで侵食された。 軍需経済は、戦争が起きなければ成り立っていかない。
ァ 戦争に道義的に反対する民主党議員も地元軍需企業の経済活性の為には戦争に賛成する。
ァ カリフオルニア大学の場合も、核兵器開発を進めるリブモア研究所に連邦政府から来る莫大な予算を失うわけにはいかないので、研究所は世界の頭脳を集めて次々と新たな核兵器を作りだしていた。
ァ 唯一の産業は地雷製造で、失業率が極端に高いインディアン居留地ではほかに就職先もなく、人びとはいやでも地雷作りをしなければ食べていけない。
ァ コロラドの町(二人の生徒がコロンバイン高校で銃や手榴弾で教師、生徒たちを襲撃1999年)も爆弾を作るロッキード会社の雇用で経済が成り立っている。
ァ 米国は戦後、冷戦、中南米への軍事介入、ベトナム戦争、中東介入と、やむことなく戦争を仕掛け続けてきた。その米国の世界軍事戦略に日本が否応なく組み込まれていくのが、政府の推し進めている憲法九条の改悪。
ァ 憲法九条二項の改悪を望む経済界は軍需による大きな利益を期待する。日本も米国のように産学軍そして議会もが一体化した軍需経済国家になっていく。
ァ そしてどんなに戦争が間違っているとわかっていても、誰も反対を言えなくなる。爆弾を造らなければ生活していかれなくなるから。
憲法改正の口実:押し付け憲法という通説 に対して
1. マッカーサー元帥の1951年5月4日米国上院総会での証言:「1946年1月24日、会見の日、幣原首相が私のところへ来て、長い間考えたすえ、この問題に対する唯一の解決策は戦争をなくすことだ、と信じますと言ったのですよ...私は彼に、彼が世界から嘲笑されることは実際ありうると言いました」
2. 当時の幣原氏の身辺で働いた平野三郎氏が首相の心境をよく知って、雑誌「世界」に「制憲の真実と思想」を発表した。彼のノートには次の言葉があった。「狂気の沙汰ではない正気の沙汰で、とはなんであろう。...武器宣言が正気の沙汰なのか。...世界は今、ひとりの狂人を必要としている。何人かが自ら買って出て狂人にならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から脱出できない。...その歴史的使命を日本が果たすのである」。(1972年9月7日付けの朝日新聞夕刊「今日の問題」)
3. GHQ民政局の起草委員の一人、ベアテ・ゴードン・シロタ:「世界の憲法の最良の部分を集めた。もしも作者がいるとすれば、それは歴史や国境を超えた世界の良心じゃないかしら」「日本国憲法』は、アメリカの憲法よりずっと優れている。自分のよりもつといいものをプレゼントする時それを『押し付け』というだろうか」
4. 1945年10月23日 GHQがマッカーサー最高司令官に当てた書簡「憲法改正についての日本人の意見」鈴木安蔵憲法学者の憲法改正の必要性、政党内閣が発展しなかったのは、大日本帝国憲法に原因がある」を評価。
5. 民間での憲法制定の準備・研究を目的とした憲法研究会は、1945(昭和20)年10月29日、日本文化人連盟創立準備会の折に、高野岩三郎の提案により結成。事務局を憲法史研究者の鈴木安蔵が担当し、他に杉森孝次郎、森戸辰男、岩淵辰雄等が参加した。研究会内での討議をもとに、鈴木が第一案から第三案(最終案)を作成して、12月26日に「憲法草案要綱」として、同会から内閣へ届け、記者団に発表した。また、GHQには英語の話せる杉森が持参した。同要綱の冒頭の根本原則では、「統治権ハ国民ヨリ発ス」として天皇の統治権を否定、国民主権の原則を採用する一方、天皇は「国家的儀礼ヲ司ル」として天皇制の存続を認めた。また人権規定においては留保が付されることはなく、具体的な社会権、生存権が規定されている。(国立国会図書館所蔵)(「日本の青空」)
6. この要綱にGHQが強い関心を示し、通訳・翻訳部(ATIS)がこれを翻訳し、民政局のラウエル中佐が参謀長宛に、1945年10月23日、その内容につき詳細な検討を加えた文書を提出し「憲法改正についての日本人の意見」を評価。また政治顧問部のアチソンから国務長官へも報告されている。
7. 宮沢俊義 「押し付けとはいえない。ナショナリズムではなく、あの憲法案は、インターナショナル。国家という概念を飛び越えて、人類の理想が示されています。戦争を放棄して、平和国家を建設するという、空前絶後の条文」 
8. 憲法普及会編「新しい憲法・明るい生活」を政府が発行し、全国の各家庭に2000万部配布された。 
               本 憲法普及会編「新しい憲法・明るい生活」
9. 当時の議会での論議を見ると、平和条項を自分のものとし、豊富なものにしている。
 本「検証・憲法第九条の誕生」岩田行雄編著
1945年10月11日マッカーサー、幣原首相に憲法改正を示唆
1945年10月23日GHQ担当者が意見書で鈴木安蔵氏を評価
1945年12月26日憲法研究会が「憲法草案要綱」を発表
1946年2月13日 GHQ草案を日本政府に提示
1946年3月6日 政府が「憲法改正草案要綱」を発表
1947年5月3日日本国憲法を施行
9条は未来を先取りする条項
 連合軍(米国は連合軍の代表)が日本に求めたのは、
ァ 1.「主権在君」を取り除いて「主権在民」にすること。
ァ 2.市民の力が弱いので日本の(抵抗運動の)挫折の歴史を掘り起こし、日本に民主主義の活動をさせること。
ァ 3.アジアを侵略しないために9条という枠をはめた。9条は「無防備地域宣言」と同じ。ボツダム宣言を受諾するということは9条を受け入れるということ。できたときはその意味がわからなかったが、その後、国連ができ、9条が大展開することによって、9条は未来を先取りする条項であることが明らかとなった。
憲法改正手続き法案の問題点
@投票権をもつのは20歳以上、在日外国人にはない。
A発議から60日〜180日。
B公務員や教育者は「国民投票運動」をすることが不可。
C罰則規定がある「組織による勧誘」の組織の定義が曖昧。
D改正の承認は有効投票の総数の2分の1を超えた場合とする。最低投票率を設けない。
E投票用紙の記載に定義がない(複数の改正案をまとめて問う可能性あり)。
F政党のCMは公費負担、市民団体等は自己負担


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1.現状・問われること

現在の状況
世界各地で続いている暴力の連鎖、核拡散の危機、莫大な貧富の格差や環境の破壊など、人間の命を脅かし平和を壊す動きはとどまるところを知らない。
武力の衝突もテロ事件も、決して災害のように自然に発生するものではなく、「戦争は人間の仕業」。 地域紛争や武力の衝突は、結局は国という人間が作り出した枠組みが、自らの利益を確保するために発生したり、国の指導者などが自らの利益を追求するがあまり発生したり、はたまた権力者の保身のためであったりと、かなりの程度で人間の欲望に根ざしている場合がある。
私たちが問われること
自然からの警告 温暖化(山火事、洪水、干ばつ、氷河・凍土の溶解 etc) 諸災害は、今や地球は国と国がそれぞれの利害を主張して対立していくような時代ではないと警告。私たちは一つの国の利益だけを代弁して生きるのではなく、地球全体の市民として互いに手をつなぎ、様々な局面において助け合って生きていくべき。
格差社会、経済のグローバル化 絶対貧困に生きている人:世界の5分の1(約13億人)が 一日1ドル以下.。2ドル以下が28億人(4割) 差別と貧困がテロを生み出す。
コミュニティの破壊 隣で誰かが死んでも気がつかない。コミュニティをどう再建するか。経済的困難に陥っている人、仕事のない人をどうするか。これを放置すれば将来個人的なテロが起きる可能性がある。将来に希望がもてず、自暴自棄になった人が犯罪に走る。いまイラクで起きているテロの原因は猛烈な差別と貧困。宗教的な犯罪ではない。テロの解決は貧困の解決。暴力では解決しない。政府はできない。武力ではなく、平和の手段をもっているコミュニティしかない。
生存権の実現 (1人ひとりの市民が立ち上がること)。北九州市で餓死した男性はせめておにぎりを食べたかったと書いていた。生存権が踏みにじられている。生存権を実現するために、1人ひとりの市民が立ち上がり人のために行動を起こすべき。自分のことだけを考えず、他者に対する思いやりをもつこと。自治体憲法を作ろうとする動きが徐々に広がっている。少ないが憲章ができている。魂を入れるのにはどうするか。平和に対する考え方が問われている。
ァ 戦争は無意味で愚かなこと。大衆によってではなく、少数の人々によって決定されるものである。
ァ 「国家などというものがなければ、争いもない」ジョン・レノン「イマジン」:
 本「いのちと国家と民族と教会と」
現在の戦争における 非戦闘員の死亡
第一次世界大戦 5%、 第二次世界大戦48%、 朝鮮戦争 84%、  ベトナム戦争 95%、
アフガン戦争や イラク戦争は???
原爆は、戦争に巻き込まれて死んだ、というのではなく、無差別に殺すことを目指した。
現在は良心の呵責をなくす作用、良心が痛まなくする訓練をしている。
戦争責任が重い人ほど、責任を感じないポジションにいる。
消極的平和ではなく、積極的平和を
ァ 消極的平和とは:平和は戦争とテロのない社会
ァ 積極的平和とは:戦争の原因になるものを取り除くこと。「差別」「抑圧」「貧困」「環境」。この4つの条件を克服したとき世界平和が実現できる。
リ 日本人に朝鮮に対する差別がなければ攻めて行ったか。アメリカの日本に対する差別がなければ原爆を落としたか。フランスの作家サルトルは、アメリカはヨーロッパ人には原爆を落さないだろうと言った。
リ 最大の差別は女性差別。従軍慰安婦は差別がなければ起こらない。抑圧も戦争を生み出す。ドイツは戦争に負け、ほかの国からいじめられた。
リ 貧困も同じ。満州開拓はなぜ行われたのか。日本の農村に貧困がなければ満蒙開拓団はなかった。イラクのテロは貧困と民族差別。環境も戦争の原因になる。エネルギーなど資源のあるところが狙われるからだ。戦争の原因を根本的に除去しなければならない。
信仰に生きる
ァ 戦争するのも人間だが、その同じ人間がまた平和をもつくることができる。それは同時に、平和のために来られ、今も私たちと共に働いておられるキリストご自身が“平和の主”と信じることでもある。
ァ あまりにも利己主義で、自分たちの利益や平和ばかりを追い求めている私たち。戦争がないことだけが平和ではなく、善によって悪を打ち負かした、主イエスへの信仰に生きる
ァ 福音の精神、キリストの精神を身につけること。神の福音に支配された世界が実現するように。
ァ キリスト者は現実の中から神のご計画を発見するよう努めるべき。神が出来事や世界情勢を通じて示してくださるその計画を発見すること。


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