「冤罪を生む司法システムの問題点」 秋山賢三弁護士の講演
「無実のゴビンダさん支援」のメイリングに流れたもの (Mon, 2 Jul 2001)を転載します。

秋山賢三弁護士(日弁連袴田事件弁護団、元裁判官)の講演会に出席しました。冤罪を生む司法システムの問題点を、ご自身の貴重な体験に基づき、わかりやすく話して
くださいました。配布資料や質疑応答も含めて、その一部を以下にご紹介します。客野

題:「司法システムと人間の尊厳」

1)刑事裁判の現状
裁判官時代は、刑事裁判がこんなにひどいとか、冤罪がこんなにあるんだという認識は薄かったが、弁護士になって、「冤罪はシステム(制度)として作られている」ということを痛感した。システムを改革するためには、大きくいって、二つの問題がある。一つは手続きの問題。検察官が無罪の証拠を隠しても何のお咎めもない。はじめから全面的な証拠開示義務があれば、起訴さえされないような事件が沢山ある。もう一つは、主体の問題。有罪か無罪かを誰が判断するのか。例えば、事実認定は職業裁判官でなく、市民による陪審にやらせるなど、今議論されている司法改革につながる重要な点である。

2)冤罪を作る証拠隠し
私が担当した徳島ラジオ商事件の冨士茂子さんの場合、検察は内部犯人説を主張していたが、その裏では、布団のシーツに犯人の靴跡がはっきり写っている写真を隠し続けていた。そのために一人の女性が死ぬまで必死の叫びを上げ続けながら、生きている間には無罪の判決を聞くことができなかった。袴田事件の場合には、袴田さんが「はけないズボン」が犯行時の着衣とされているなど、証拠捏造の疑いがある。

3)市民の常識こそ大切
徳島ラジオ商事件で殺された旦那さんには、防御した時の傷が11ヶ所あったのに、冨士茂子さんは無傷。袴田事件の場合も、小さなクリ小刀で44回も被害者4人を刺したとされる袴田さんの手の平には全く切り傷がないし、刃こぼれもない。こんなことは普通考えられない。それなのに裁判官は、こうした市民常識から逸脱した認定を平気でしてしまう。刑事裁判の事実認定には、法律的な特別な知識はいらないし、学歴も関係ない。むしろ、ごく当たり前の人間としての経験や普通の考え方こそ大切である。

4)弁護活動と支援活動の協力
冤罪者の身近な人たちや救援会など、「この人は無実だ」と確信して、忙しい中を自分の生活を背負いながら、カンパを集めたり署名を集めたり、手弁当で支援している。こういう人たちと弁護団が協力関係を徹底していかなければと思う。実際問題として、弁護士は、数々の事件を抱えて多忙だし、事務所も維持しなければならない。私の場合、書面の誤字脱字を校閲してもらったり、現地調査で警察官や証言者を訪ねる時の約束をとるなど、救援会には「弁護活動の手足として」働いてもらっている。このような時間、労力、経費のかかる雑務を手伝ってもらえて、大変助かっている。

5)マスコミ・世論の影響
裁判官は、マスコミや世論の影響を大いに受ける。判決を書く場合、「市民に支持される判決かどうか」、裁判官は必ず考えている。弁護団は、新聞の論壇、司法雑誌などあらゆるメディアを利用して「これは冤罪だ!」ということを訴えていかなければならない。こうした小さな努力の積み重ねが、やがて大きく山を動かす!