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憲法九条の提案者が日本人であった。

    憲法九条が米国進駐軍によって押し付けられたということが定説になってきたが、ところが、  1951年5月4日,米穀上院総会で,マッカーサー元元帥自身が、次のことを証言した。
1946年1月24日、会見の日、「幣原首相が私のところへ来て,長い間考えたすえ、この問題に対する唯一の解決策は戦争をなくすことだ,と信じますと言ったのですよ...私は彼に,彼が世界から嘲笑されることは実際あにうると言いました」。当時の幣原氏の身辺で働いた平野三郎氏が首相の心境をよく知って、「世界」誌に「制憲の真実と思想」を発表した。彼のノート
には次の言葉があった。「狂気の沙汰ではない正気の沙汰でとはなんであろう。...武器宣言が正気の沙汰なのか。...世界は今、ひとりの狂人を必要としている。何人かが自ら買って出て狂人にならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から脱出できない。...その歴史的使命を日本が果たすのである」。以上のことは、1972年9月7日付けの朝日新聞(夕刊),「今日の問題」の欄に書かれている。           

Edward BRZOSTOWSKI 神父の情報(川崎区浅田4−8−13 Cacholic Church)

Tel:044-355-1580 「読者の声」の欄に載せたり、幅広く好評してくだされば幸いです。

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他の情報:岩波文庫にウェルズの「解放された世界」という本とそのあとがきも参考になるそうです。back to top


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