あなたがこのページを見ているということは、私の脳は、もうすでにLittle Mustaphaに支配されているということです。私はどうしてこんな恐ろしいことに巻き込まれてしまったのでしょう。Little Mustaphaは本当に恐ろしい男です。しかしもう逃れることは出来ません。私はいずれ私ではなくLittle Mustaphaになってしまいます。私は時折めまいを感じながらも、Little Mustaphaに気付かれないようになんとかこのページを用意しました。これ以上Little Mustaphaの被害者を増やさないために、ここに彼の本当のねらいをしるしておきます。こんなことを信じてくれるかは解りませんがあなたの中にも確実にLittle Mustaphaはいます。手後れにならないうちに何かしら対処の方法を考えておくべきです。
この忌々しい事件は、何気無いところから始まりました。いや、それよりもずっと前から計画されていたのかも知れません。とにかく、私にとって全ての始まりはあの朝だったのです。その日、私はいつものように誰もいない食卓で朝食を済ませた後に新聞を眺めていました。私は新聞のテレビ欄以外、いつもこのようにして眺めているだけなのです。そしてまたいつものように見終わった新聞を放り投げた時でした。床に落ちて半分バラバラになりかけたねずみ色の紙面 の間に 、白い紙が挟まっているのに気付きました。
新聞を読んで世の中で何が起こっていようと、少しも興味を示さない私ですが、こういうなんでもない変化にはすぐに反応してしまいます。私は新聞を拾い上げその紙を抜き出しました。紙は私に宛てて書かれた手書きのメモのようなものでした。
「おめでとうございます。あなたは選ばれました」
意味が解らない。始め、これは新聞配達のいたずらか何かだと思いました。しかし、いたずらにしてはあまりセンスがない、などと思いながら私はその紙を丸めて捨ててしまいました。今思い出してみると、その朝は家の中も外も何か妙に静かだったように思います 。でもこれは私の気のせいかも知れません。私の思い出の中で、悪いことが起きた日はいつでも静かなのです。
約一ヶ月が経ち、例のメモのことなどすっかり忘れていました。しかし、物事は必ず忘れた頃に起こるのです。また新聞に紙が挟まっていました。私は少し動揺していました。こういういたずらは二日続けてやられるより、間隔をあけて やられると、なにか執念のようなものを感じるものです。今度はこんなことが書いてありました。
「あなたは私達のホームページを作ることになりました」
勝手に決められても困ります。しかも前の紙に書いてあった「おめでとうございます」と全然つながりがありません。もしかすると、これはまた別 の人間のいたずらなのかも知れません。しかし、決して上手くはないその筆跡には見覚えがありました。これは嫌がらせなのでしょうか。こういう悪質ないたずらは放っておく訳にはいかないと思い、私はとりあえずその紙をとっておくことにしました。
次の紙はさほど時間をあけずに私の元へ届きました。二枚目の紙が届いたその日、私はちょっとした用事があって表ヘ出ました。街へ出て駅前の大通 りのあたりにくると道路中に紙が散乱していました。私は一瞬ドキッとさせられましたが、それは私の考え過ぎでした。その紙は全部、新装開店した店のチラシでした。良く見ると前の方でアルバイトらしき若者が数人、通 行人にチラシを配っているのが見えました。通行人はチラシに一通り目を通 すと、ちょうどこのチラシの散乱しているあたりで読み終わって捨てていくようでした。私は例の紙の件にあまりに敏感になっている自分を笑わずにはいられませんでした。世の中は何ごともなく平穏無事に過ぎていく。心配御無用。
日も暮れかかった頃、私は無事用事を済ませて家に向かっていました。途中私は毎月読んでいるある雑誌をその月だけまだ買っていないことに気付きました。そこで私はすぐ近くにある小さな書店によって買うことにしました。あまり人気のないその雑誌がこんな小さな店に置いてあるのか心配でした。しかし私の欲しい雑誌は 店の入り口のところに山積みになっていました。いつも遠くの大きな書店まで買いに行っている雑誌が、意外なところにあるのを発見して私は少し嬉しくなりました。しかしその喜びは、すぐに恐怖に変わってしまうのです。
私は癖で雑誌を買う時は一番上をどかして二番目のを買うのですが、その時も同じようにしました。そして、その一番上の雑誌をどかした時です。三枚目の紙が私の元へ届いたのです。紙は二番目の雑誌の上から夕暮れの風に吹かれて私の足下に落ちました。
「例の件、正式に依頼します。もちろん報酬は払います。もしよろしければ連絡をください。Little Mustapha」
連絡といっても連絡先が書いてないじゃないか。私はおかしなことを考えていました。この場合、考えるべきなのは 連絡先のことではありません。これを書いた人間がなぜ私の買う雑誌を知っていて、またなぜ偶然あの小さな書店に寄ることになると解っていたのか、ということを考えるべきなのです。多分、私は恐怖のあまり気が動転していたのでしょう。家に向かって夜道を歩いている途中も、この人は多分私のことをウェブデザイナーか何かと勘違いしているのではないかなどと見当違いのことを考えていました。さらには、どうせヒマなんだし報酬が出るのならやってみようか、とも思っていました。後で考えると、この時気をしっかりさせていなかったのがいけなかったのだと思いました。
家に近づくと誰かが家の前に立っていました。いや、正確に言うと夜の闇の中に誰かかいるような気がしたのです。しかし私は恐くてその方向は見ないようにして家の中へ逃げ込みました。部屋に入ると、私は気を落ち着かせるためにテレビをつけました。その晩はテレビの前に座ったまま動きたくはありませんでした。
明け方、気がつくと私はテレビの前に座ったまま眠っていたようでした。 薄暗い部屋の中で砂嵐を写し出すテレビが妙に眩しく思えました。それでもテレビは消さずに、私はその時間に放送している局にチャンネルを合わせてテレビをつけたままにしました。そして私が横になろうとした時、紙が 一枚テーブルの上にあるのが目に入りました。私は、昨日のあの紙が置きっぱなしになっているのだと思い、早く捨ててしまおうと手をのばしました。しかし、私は慌ててその手を戻さなければいけませんでした。それまでに私の元へ届いた紙は昨日家につくと全部破いて捨ててしまったはずなのです。私はそのまま横になりしばらくどうすればいいか考えていました。その紙がなんであろうと私が手を触れない限りずっとそこに置かれているでしょう。私は、もうどうにでもなれという気持ちで とうとうその紙を手にとりました。そして思った通り、それは、私宛の四枚目の紙だったのです。
「有り難うございます。詳細についてはすぐにお知らせします」
もう私が承諾したことになっていました。私はただやってもいい、と思っただけで連絡も何もしていません。しかも、多分この紙は私が寝ている間に だれかが私のすぐそばまで来て置いていったに違いないのです。私は全身の血が凍り付いていくのと同時に命の危険を感じていました。
夢ならいいと思いました。しかしこの紙以外、全てのものが現実的でした。おかしなことに、少しも手を休めずに襲ってくる恐怖感が何よりも現実的でした。夢ならもっと気楽なはずです。
私はまた少し眠っていました。目をあけると窓の外にかなり高くまで昇った太陽の光が感じられました。この明るさに勇気づけられるようにして私は体を起こすと、自分の部屋に向かいました。部屋に入ると机の上に大判の封筒が置かれていました。私はもう何が起きても驚きませんでした。その封筒は私が置いたものではありません。また私の眠っている間に誰かがやってきたのでしょう。表にはLittle Mustaphaというサインがしてありました。中には紙が束ねられていて、ホームページの内容に関する説明が細かく書かれていました。私はその紙に書かれた汚い字に悩まされながらも、一通 り内容に目を通しました。そして私は愕然としました。その内容があまりにも普通 だったからです。私はLittle Mustaphaという男の趣味のホームページを作るためにあんなに恐い思いをさせられたのでしょうか。
とにかく私は指示通りにホームページを作って早くこの悪夢から逃れようと思いました。数時間もあれば私は解放されるのです。しかし一つ問題がありました。画像などのデータは後で渡すと書いてあるのです。私はまた知らない間に誰かが 私のそばまで来てそれらを置いていくのかと思い、嫌な感じがしました。今までのことを考えると、その人は大抵私の寝ている間にやって来るようでした。私はなんとしてもその人の顔を見てやろうと思いました。そこで、私はその日は寝ないで誰かが私の家へ入って来るのを待とうと思いました。
しかし、Little Mustaphaという人はいつでも私の予想しない形で私に接触してくるのです。私がホームページ作成の下準備だけでもしようと思いパソコンに向かっていた時のことです。突然、窓のところに何かが当たる音がしました。私はとっさに立ち上がると、窓を開け表の通 りの方を見ました。「フリーズ」と叫びながら男がドタバタと誰かを追いかけていくのが見えました。
あれがLittle Mustaphaなのでしょうか。しかし、あんな鈍そうな男が私の寝ている間に、しかも私に気付かれずに私のそばまでやって来れるとは思えません。私はふと下を見ると窓枠のところに封筒が引っ掛かっているのに気付きました。それは確かにLittle Mustaphaのものでした。私はこう思います。きっとLittle Mustaphaが私の部屋の窓に向かって封筒を投げ付けたのをあの鈍そうな男が見つけ、それをいたずらだと思いLittle Mustaphaを追いかけたのでしょう。だとすると、その男に聞けばLittle Mustaphaのことが解るのかも知れません。しかし私がその男と出会うことは結局今までありませんでした。でもなぜ「フリーズ」なのでしょうか。あの人はアメリカの警察官か何かでしょうか。それにしては発音がおかしすぎます。私の周りには謎だらけになってしまいました。
窓に投げ付けられた封筒にはLittle Mustaphaの作ったとされるさまざまなデータが入っていました。私はその量 に少し驚きはしましたが、なんとかその日のうちに彼の指示した通りのホームーページを作ることが出来ました。作り終わると私はほっとしたのか、急に眠くなりました。でももう怖がることはありません。きっと寝て起きたら机の上にLittle Mustaphaからの最後の指示を書いた紙が置いてあって、私はその指示通り作ったホームページをネット上に公開すれば全ては終わるのです。
私はこれまでにないくらい深い眠りにつきました。そのころいつも私を悩ませていた恐い夢もその時だけは見ませんでした。私は昼近くまで眠っていました。目をさますとまっ先に机の上を見ました。するとありました。思った通 りこれが多分最後の封筒です。私は寝過ぎて頭が痛いのも忘れて、急いでその封筒を開けました。
「面倒かけてすいません。内容を少し増やすことにしました。明日渡します。ではよろしく」
私は泣きたいのを必死にこらえていました。別に周りに誰もいないのですから泣いてもかまわないのです。しかし私はLittle Mustaphaがどこかで見ているような気がして泣けなかったのです。
私はその日何もせずに過ごさなければいけませんでした。何かをしようと思ってもLittle Mustaphaのことが頭から離れず、何も手につかなかったのです。私はこの日ほど一日を長く感じたことはありません。早く次の日が来てLittle Mustaphaが「少し増やした」という内容を知って今度こそこの悪夢が終わればいいと思っていましたが、それと同時に今日がいつまでも続いて明日など来なければいい、とも思っていました。何か悪いことが起こるような気がしていたのです。私は床に寝転んで、ただ天井を見つめていました。時々表を通 る自動車の音に怯えながら。
その夜は、前日に寝過ぎたこともあって蒲団に入ってもなかなか寝つけませんでした。このまま起きていれば、もしかすると封筒を持った人が私の家に入ってくるのを見れるのではないかとも思いました。しかし、それは無駄 だと解っていました。Little Mustaphaは私のことをなんでも知っているのです。これまでのことを考えると、少なくとも私の思ったことと反対のことをするのは確かなことです。私が眠りについたのは明け方近くでした。眠ってからも時折カラスの鳴く声に目を覚ましていました。
次の日はひどい雨でした。私は起き上がると部屋を見回してLittle Mustaphaからの封筒がないか調べてみましたが、私の部屋にはありませんでした。「この雨で彼も外出するのがおっくうなのかな」などとつぶやいてみましたが、少しも面 白くはありませんでした。私は、彼からの封筒を家中探してみましたが、どこにもありませんでした。こんなことがあるはずはありません。Little Mustaphaは決まって知らないうちに紙や封筒を私の目のつくところに置いて私を驚かせるはずなのに、今回は様子が違います。私はとりあえずもう一度部屋に戻ってみました。やはりありません。でも何か部屋の様子が昨日と違うような気がしました。これは、気持ちの変化によるものなのでしょうか。
いや、違いました。確かに部屋は昨日と違っていたのです。起きた時には気付きませんでしたが、私の机の下に昨日は無かった箱が置いてありました。その箱は綺麗な赤い紙で包んであって、リボンまでかけてありました。
プレゼント?私はよく理解できずにいましたが、ふいに前にもらった紙のことを思い出しました。その紙にはたしか
「もちろん報酬は払います」と書いてあったのです。なかなか面白いことをする人だと思いました。多分、内容を増やすというのは、私にこの箱を探させるための嘘だったのでしょう。この中には、最後の指示と報酬が入っている。私はそう信じて箱を開けてみました。
私にはあふれてくる涙をとめる気力がありませんでした。箱の中には追加される分のホームページの内容がぎっしりつまっていました。これのどこが「少し」なのでしょうか。ざっと見ただけでも本一冊分位 の量はありました。私はしばらく呆然としていたのですが、ふと気が付くと自分でも知らないうちに箱の中のものを読み始めていました。意味の無い言葉の羅列が延々と続く。こんなものを作ってどうなるのでしょうか。でも私は作らなければ恐ろしいことが起こるのではないかと思いました。やるしか無かったのです。Little Mustaphaの作った内容の意味の無さも私の恐怖心を煽ったのかも知れません。
私は「自分を守るため」と自分に言い聞かせ、なるべく他のことは考えずに作業を始めました。書類の量 を考えるといつ終わるのか見当もつかなかったからです。私は六時間ほどパソコンに向かっていました。もうすでに日は落ちていて時計を見ると午後十時を過ぎていました。これだけやっても終わったのは初めの十枚程度でした。それでも、何のことだか解らない内容をこれだけ長い間続けていた自分の集中力に少し驚きました。なぜかは解りませんが、意味のないことをずっと続けて打ち込んでいくうちに、いつの間にかそれが意味のあることのように思えてくるのです。Little Mustaphaは私に似ているのかも知れない、などということまで考えていました。
それから私はほぼ毎日Little Mustaphaの原稿の内容をパソコンに入力し続けました。無意味に思えるその内容に意味を見つける度に何か喜びに近いものを感じていました。そうしているうち、私は予想していたよりも早く半分近くを終わらせることが出来ました。私はなぜLittle Mustaphaが私を選んだのかが解ってきました。彼の感覚を理解できるのは多分、私しかいなかったのです。「おめでとうございます。あなたは選ばれました」という文句もあながち嘘ではないと思いました。
ところがある夜おかしなことが起きたのです。私はその頃ほとんど寝ずに作業を続けていました。しかし人間の体力には限界があります。私は眠気に耐えきれず、部屋の明かりを消し少し眠ることにしました。私は夢の中で私の家の屋根の上でカラスが鳴いたような気がしました。でもそれは夢ではありませんでした。カラスの声に我に帰ると私はまだパソコンの前に座っていました。私は確かに横になって寝たはずなのです。部屋はまだ明るいままで、蒲団も敷いていませんでした。居眠りをしたのかと思いましたが、私がパソコンの画面 に目をやると居眠りなどしていなかったことが解りました。私は知らないうちにかなりの枚数分を入力していたのです。人間の能力とははかり知れないものなのだ、と思いました。しかしそれは私の能力では無かったのです。
私はこのように無意識のうちに作業をするということをその後何度か繰り替えしました。さすがに私も恐くなってきました。そして、とうとう恐ろしいことに気付いてしまいました。私はこのことに気付くのがもっと早ければ良かったと思いました。
その夜もまた私は無意識のうちに作業をしていました。そして、最初の時と同じようにカラスの鳴き声で我に帰ったのです。私はまたか、と思いながらいつものように間違いがないか入力した箇所を見直していました。私はいつも無意識の時にする作業にほとんどミスがないのに驚いていました。ところがその夜は原稿にない文を最後に入力していました。
「私達はもう一緒です。Little Mustapha」
私は恐怖のあまり気を失いそうになりました。この文の伝えることが私にはすぐに解ったのです。
私はLittle Mustaphaの原稿を全部燃やしました。でも私にはそれは無駄な努力だと解っていました。原稿がなくても私はいつの間にかホームページを作り終えてしまうでしょう。しかし私は意識があるうちだけでもLittle Mustaphaのことは考えたく無かったのです。Little Mustaphaは人間ではありませんでした。Little Mustaphaはこの原稿。いや、もっと正確にいえばこの原稿を書いた目に見えない意志といったものでしょうか。それがいつの間にか私の中に入り込み、私を支配し始めたのです。私が原稿を全部読んでしまったのがいけなかったのでしょうか。もしかすると原稿など初めから無かったのかも知れません。全てはLittle Mustaphaが私に見せた幻だったのかも知れません。でも、もうそんなことはどうでも良くなりました。私にはこれを書いているのが、本当に私なのかそれともLittle Mustaphaなのか解らなくなってきました。またカラスが鳴いています。嫌な感じです。