気になる病気の話⑩

◆痛みの病◆~変形性膝関節症、慢性疼痛、痛みの悪循環について

私たちの体は骨格によって形づくられ支えられています。その骨格を構成している約200個あまりの大小のさまざまな種類の骨が、さまざまな危険から内臓を守り、保護し、体を動かすための運動器官として働いています。骨の表面は骨膜で覆われ、骨膜には血管や神経が多くあり、骨に栄養を与えたり、感覚を伝えたりします。また骨を作る骨芽細胞があり、骨の修復、再生をしています。骨膜の内側は骨皮質という骨の層で、骨皮質の内側には骨髄があり造血作用をしています。

関節は骨と骨をつなぐ部分で全身に68個の関節があります。関節には動かすことのできる可動関節と、動かすことのできない不動関節があります。可動関節では周りにある腱や筋肉が関節を動かしていることが多いです。関節の連結部分では、ピッタリとくっついているわけではありません。わずかな隙間があり、そこには関節液という粘り気のある液体が蓄えられています。それぞれの骨の先端は軟骨で覆われ、関節にかかる圧力を吸収するクッションの役目をしています。そして関節の連結部分を包むようにして関節包があります。関節包の内側には滑膜があり、内部の空洞を関節腔といいます。関節腔は滑膜から分泌される関節液で満たされ、関節をスムーズに動かす潤滑油として働くとともに軟骨に栄養を与える働きもしています。

骨・関節の病気には、骨粗鬆症、変形性頚椎症、変形性腰椎症、椎間板ヘルニア、関節リウマチ、変形性股関節症、変形性膝関節症、肩関節周囲炎(五十肩)、腱鞘炎、脊椎分離症、月状骨軟化症(キーンベック病)などがあります。

骨粗鬆症は、閉経後の女性がなりやすく、特に60歳以上の女性に多く見られます。女性ホルモンの分泌が少なくなると骨をつくる作用も低下します。糖尿病の人や胃腸の手術を受けた人などもカルシウムの吸収が悪くなります。

◎変形性膝関節症とは?

その名のとおり膝の関節が変形して痛みが起こってくる病気です。膝関節のクッションである軟骨のすり減りや筋力の低下が要因となって、膝の関節に炎症が起きたり、関節が変形したり痛みが生じるのです。関節内で骨と骨とが直接にこすれ合わないように、骨の表面を覆ってクッションの役割をしているのが「関節軟骨」です。変形性膝関節症は、老化や肥満、外傷、筋肉の衰えなどさまざまな原因から、膝関節にかかる負担に耐えられず、膝の関節軟骨がすり減ったり変形したりすることで起こります。

膝の関節には「大腿骨」と「脛骨」と「膝蓋骨」の三つの骨があります。大腿骨と脛骨の間には「半月版」という軟骨がありクッションの役割をしています。さらに「大腿四頭筋」と「膝屈筋群」という太い筋肉があり、これらの筋肉は膝の屈伸に関わるだけでなく、膝の関節を安定させる大事な働きをしています。

老化や肥満などで軟骨表面が変性しはじめ、膝関節内の軟骨がすり減り少しずつ崩れていくと、剥がれ落ちたカスが関節内を漂います。すると、このカスに刺激された滑膜が炎症を起します。滑膜の炎症と血行不良による酸欠が続くと、軟骨や滑膜からタンパク分解酵素(MMP)が産生・放出され、軟骨の分解が亢進し、骨が露出し「骨棘形成」が始まります。

同時に軟骨への荷重と炎症の繰り返しにより、骨の代謝異常が起こり、「血管新生」が始まります。軟骨の血管新生は、軟骨の扁平化、石灰化、骨化と密接に関係しています。新しい毛細血管が軟骨と軟骨下板を貫通して関節軟骨の深部に侵入します。これが骨棘の成長を刺激し、骨棘形成が起こり、痛みと炎症の原因になります。

一方、関節内を漂うカスに刺激され滑膜が炎症を起すと、滑膜の炎症を異物と判断し、それを退治するためにサイトカインという化学物質が放出され、このサイトカインが痛みを引き起こします。引き起された痛みによって、患部の血行が阻害され、筋肉の緊張を招くと痛みの原因物質や老廃物質が組織中に留まったまま排出されず、症状がなかなか良くならないようになります。

症状はおおむね次の順に現れてきます。
①膝関節のこわばり・・・朝、歩き始めが重くなる
②歩行時に痛む・・・動作時痛
③足の曲げ伸ばしが不自由、正座ができない・・・可動域制限
④膝に水がたまる・・・関節水腫
⑤膝を動かすとゴキゴキと音がする
⑥膝の変形・・・O脚になりやすい

一度すり減った関節軟骨は元の完全な形に修復されることはありません。痛みをとり、膝が曲げられない状態や伸ばせない状態を改善して、膝の機能を高めることを目標に治療を行います。

変形性膝関節症に使う漢方薬は、独活寄生湯、防已黄耆湯、越婢加朮湯、防風通聖散、五積散、桂枝加朮附湯、大防風湯、桂芍知母湯、薏苡仁(よくいにん)湯などを症状に応じて組み合わせて用います。

*「よく」という字は、“クサカンムリ”に意、「い」は“クサカンムリ”に以と書きます。

参考図書:腰ひざの痛み(黒田栄史著・法研)、からだの病気(瀬在幸安監修・法研)他

◎慢性疼痛について~下行性疼痛抑制と線維筋痛症

慢性疼痛に苦しんでいる状態を“慢性痛症”と呼ぶことがあります。慢性痛症は、痛みを感じる末梢の受容器レベルや疼痛の伝達レベルや大脳での認知レベルなどあらゆるレベルでの異常からその疼痛が発生していると考えられます。

人の脳には、痛みをコントロールするメカニズムが存在しています。運動競技中や戦闘中に被った損傷は、通常であれば耐え難い痛みを生じる損傷であっても、損傷を受けた直後は比較的痛みを感じないという、よく知られた現象は“下行性疼痛調整系”の働きによるものです。つまり脳から信号が出て痛みを抑えていると考えられていました。しかし最近では痛みを抑制する働きのほかに、逆の痛みを増強させるという働きをもつことが知られるようになりました。炎症や神経調節系が関与しているのではないかと考えられています。

痛みは末梢から脊髄後角へ伝達され脊髄上行路を上行し、中枢まで伝わり“痛い”という感覚を人体に感じさせます。しかし、痛みは上行路によって伝わるのみでなく、中枢から脳幹部を通って下行する痛覚の調整機能があることがわかってきました。これが“下行性疼痛抑制系”です。

痛いけど我慢しようと思うときは、下行性疼痛抑制系が関与しています。脳から信号が出て、痛みを抑えるわけです。下行性疼痛抑制系の神経伝達物質はセロトニンやノルアドレナリンだといわれています。セロトニンとノルアドレナリンを増やしてやると痛みが緩和されることになります。痛みの元があって痛覚神経を経由して脳の感覚野に届いているのは“下行性疼痛抑制系の賦活”と考えられています。

慢性疼痛に対処するための人間に備わった痛み防御機構には、次のものがあります。
①脳内モルヒネを介する機構:エンドルフィン
②神経伝達物質を介したもの:セロトニン、ノルアドレナリン
③脊髄自体の構造

原因不明といわれている持続する疼痛(慢性疼痛)は、下行性疼痛抑制機構の低下とストレスに対する抵抗性の低下に起因すると考えられます。慢性疼痛は痛みを感じる末梢の受容器レベルや疼痛の伝達レベル、大脳での認知レベルなどあらゆるレベルでの異常から、その疼痛が発生していると考えられ、治療には下行性疼痛抑制系が利用されています。下行性疼痛抑制系はセロトニン神経に属します。脳内セロトニン、βエンドルフィンが関わります。

全身に耐え難い痛みがある“線維筋痛症”では、今まで原因や治療法がわかっていませんでした。しかし、最近では下行性疼痛抑制系の異常が原因であると考えられてきました。また下行性疼痛抑制系に重要な働きをするセロトニンが減少していることがわかり、セロトニンに代謝されるトリプトファン補充療法が線維筋痛症の痛みを軽減することが報告されています。

うつ病に用いるSSRI、SNRIなどが用いられ効果があったという報告がなされていますが、SSRIやSNRIでは、セロトニンが本当に増加したのではなく、見せかけの増加ですから根本治療になるとは考えられません。東洋医学では、「通じざれば則ち痛む」と考えます。まず瘀血(おけつ)と考えて駆瘀血(くおけつ)剤を用いて治療を行います。

*「お」という字は、“ヤマイダレ”に於と書きます。

◎ 痛みの悪循環~痛みと炎症について

末梢において組織が損傷されると内因性化学物質(ブラジキニン、ヒスタミン、セロトニン、プロスタグランジンなど)が放出され、一次求心神経終末を興奮させます。一次求心神経終末が興奮すると脊髄後角でメディエーター(神経ペプチド)を放出します。神経ペプチドの働きとして、血管拡張、血管漏出、好中球・マクロファージ・肥満細胞・T細胞の動員や活性化といった炎症に非常によく似た作用をもたらすため「神経性炎症」と呼ばれます。

神経性炎症による化学的・機械的刺激は、炎症周囲の血管に存在する侵害受容器で感知され、さらに痛み情報として求心性に伝達されるため、痛みは増幅されたり持続します。しかし、明らかな刺激がなくても、あるいは通常では痛みと認識されない刺激であっても痛みを感じることがあります。

一次痛は侵害刺激が高閾値機械的受容器を介して上位脳に、二次痛は侵害刺激がポリモーダル受容器を介して大脳辺縁系に伝わる痛みです。この二次痛を放置していると痛覚過敏症状を生じ、より情緒的な痛みとして記憶されます。過敏状態が生ずるメカニズムは神経ペプチドが分泌され神経性炎症が起こり、この神経性炎症が再び侵害刺激を引き起こすという悪循環が生じ痛覚過敏状態に至ると考えられています。

炎症と痛みに関与する物質として「プロスタグランジンE2(PGE2)」と「ブラジキニン(BK)」が知られています。PGE2が痛みに関与することは、①非ステロイド性消炎鎮痛薬による鎮痛作用だけでなく、②痛み刺激や炎症に伴ってPGE2が炎症部位や脊髄で増加すること、③PGE2の中和抗体により鎮痛効果がもたらされること、④末梢組織や脊髄の髄腔内に投与されたPGE2が痛みを誘発することから広く受け入れられています。

炎症の個々の反応にプロスタグランジン(PG)が重要な役割を果たしており、このPGの産生には、主としてシクロオキシゲナーゼ(COX)-2が関与していることが明らかにされています。
ブラジキニン(BK)は侵害刺激を伝えるポリモーダル受容器の最も強い刺激物質であることがわかっています。発痛物質として重要な役割を果たしているのはBKで、PGE2はこのBKの受容器への作用を増強することで間接的な発痛作用を示す物質といえます。PGE2合成抑制によりBKの痛覚受容器刺激作用が抑制され、間接的に疼痛が緩和されます。

短期間で消失する急性の痛みであっても、適切な治療をせずに放置しておくと「痛みの悪循環」という状態を引き起こしてしまい、痛みが慢性化することがあります。
痛みが起こると、交感神経が緊張し、副腎皮質からアドレナリンが分泌され血管が収縮し局所乏血を招きます。同時に運動神経も興奮し筋肉の緊張が起こり局所乏血が生じます。血行が悪くなり、痛みを起こす物質が発生します。通常は交感神経の反応はすぐに治まるため、血管の収縮は元にもどり血行は改善されます。

しかし、痛みが適切に治療されずに放置され、何らかの原因で痛みが長く続くと、血管を元に戻す正常な反応が起こらなくなり、血行の悪い状態が続いてしまいます。血行が悪いと酸素が不足し虚血状態になり、発痛物質が発生して元の痛みにさらに新たな痛みを追加する状況を作り出してしまいます。またこれらの発痛物質は、血管を収縮させる性質を持っているため、再び血行を悪化させ、発痛物質をさらに発生させるという悪循環を引き起こしていきます。この悪循環に陥ると症状は慢性化していきます。

  ファイザー製薬HPより引用

参考図書:アラキドン酸カスケードQ&A(室田誠逸編・医薬ジャーナル社)、日産婦誌58巻9号(信州大学講師・金井誠)、日本医師会雑誌1998年(疼痛コントロールのABC)、ファイザー(株)HP(痛みの知識箱)ほか