気になる病気のお話L

◆心の病気とストレス◆〜うつ病、心因性うつ状態、心身症、適応障害、自律神経失調症

◎ストレスとは

ストレスは、もともとは物理学の概念で、物体の外側からかけられた圧力によって歪みが生じた状態を指しました(幼児が遊ぶ柔らかいボールを指で押すと凹む状態を想像してください)。医学や心理学の領域では、心や体にかかる外部からの刺激をストレッサーといい(ボールを押す指)、ストレッサーに適応しようと心や体に生じる反応をストレス(ボールの歪み)といいます。

ストレスに対する反応としては次のものがあります。
心理的側面・・・気分の落ち込み、興味・関心の低下、イライラ、緊張、不安など
身体的側面・・・高血圧、胃・十二指腸潰瘍、糖尿病、首や肩のこり、体の痛み(頭痛、腰痛、          胃痛など)、動悸・息切れ、下痢・便秘、食欲不振、不眠、肥満など
行動的側面・・・作業効率の低下、作業場の事故、アルコール依存、喫煙、過食、拒食など

ストレスといっても、すべてが有害なわけではなく、適度のストレスは心を引き締め心地よい興奮や緊張をもたらします。しかし、度を超えてしまうと、心身が適応できなくなりダメージを受けてしまいます。過度のストレスを受けると、体内の活性酸素量が増加し、生体内の抗酸化システムでは補足しきれない状態になります。余剰な活性酸素は、生体の構造や機能を担っている脂質、たんぱく質、遺伝子を構成するDNAに損傷を与え、老化、がん、生活習慣病などの原因になると指摘されています。

漢方ではストレスの対応を「気」で考えます。ストレスへの対処のためにの生体反応の亢進にはエネルギーが必要ですが、このエネルギーの不足した状況を「気虚」といい、身体的には全身倦怠感、易疲労感、食欲不振などが見られ、六君子湯や補中益気湯などを用います。また、気の機能が滞った状態を「気鬱」といい、加味逍遥散や香蘇散などを用います。気の運行が妨げられ逆上した状態を「気逆」といい、桂枝加竜骨牡蛎湯や黄連解毒湯などを用います。

参考図書:ストレスと免疫(星恵子著・講談社)、日本製薬工業資料ほか

◎うつ病・適応障害・心身症とは?

心の病気が現代社会と深く関係していることから、最近うつ病や神経症などといった病名が新聞・雑誌などマスコミで取り上げられることが増えてきました。心の病気にはさまざまなものがあり、多くの人が何らかの心の病気で苦しんでいます。心の病気の治療には、精神分析やカウンセリングなどの精神療法や行動療法と薬物療法などが行われています。

「心」とは欲望、感情、理性などの働きの総称とされていますが、形がないので実際に見ることはできません。心とは、脳という器官の働きにより生み出されるものなのです。心の構造についての考え方に影響を与えたフロイトの理論に対して、革命的な変化をもたらしたのがプロザックに代表されるSSRIだといわれています。SSRIの効果は、脳内の神経伝達物質であるセロトニンを増やすことにあります(実際は増えたように見せかけるだけといわれますが・・・)。

毎日のようにマスコミで取り上げられている「うつ病」ですが、今も昔も人口の0.3%ぐらいしかいないそうで、「うつ状態」という場合が多く、専門的には「心因性うつ状態」と呼ばれています。うつ病については、会社の定期健診の項目に加えられることになりました。

うつ病」になる人の特徴は、自己認識の違いがあり、自分が無能で無価値な人間だとか、将来を絶望的に思い込んだりすることです。睡眠障害、食欲・性欲・エネルギーの低下が現れ、関心や意欲がなくなり弱々しさが現れるそうです。心の病気の約9割以上に「不眠」が見られ、夜中に再三目が覚めてその後眠れない、あるいは朝早く目覚めてその後眠れないというタイプが特徴的です。しかも、目覚めた時の朝方の気分が一番悪く、夕方にはよくなるといった日中変動があるのも特徴的です。

高齢者の場合、病気や怪我などで寝込んだのを契機に発症したり、仕事や対人関係における秩序志向と几帳面さから発症するともいわれ、よく認知症と間違えられるようです。老年期の心の病気は重度になると何を質問しても答えられず言動も怠慢になり、知的水準が低下した状態を示すことがありますが、心の病気が消えると、認知症のような症状が消えるので見極めが必要だそうです。

特定の場所や環境がストレスとなり生じるうつ状態を「適応障害」といいます。原因が会社に限定されていて、勤務時間が終わり会社を離れるとウソのように元気になる「社内うつ」といわれるものなどです。「急性ストレス障害」と報道された元横綱・朝青竜も適応障害に相当するようだとのことです。

適応障害の症状には、不安・抑うつ・焦燥・過敏・混乱などの情緒的な症状、不眠・食欲不振・全身倦怠感・易疲労感・頭痛・肩こり・腹痛などの身体症状、遅刻・欠勤・早退・過剰飲酒・ギャンブル中毒などの問題行動があります。次第に対人関係や社会的機能が不良となり、仕事にも支障をきたし、引きこもってうつ状態になります。

ストレス反応が慢性化していくと、やがていろいろな心身の疾患(心身症)を引き起こします。代表的な疾患は、メニエール病、眼精疲労、顎関節症、気管支喘息、過換気症候群、本態性高血圧、胃・十二指腸潰瘍、過敏性腸症候群、潰瘍性大腸炎、心因性嘔吐、関節リウマチ、腰痛、夜尿症、心因性インポテンツ、慢性じんましん、アトピー性皮膚炎、円形脱毛症、緊張型頭痛、痙性斜頚、書痙などです。

ストレスと病気をつなぐ経路は、
@ホルモン分泌の乱れ
A自律神経系のバランスの崩れ
B免疫系のバランスの乱れ
Cストレス解消行動のリスク(飲酒、喫煙、過食など)などです。

脳の神経細胞と神経細胞の間にはシナプスと呼ばれるわずかな隙間があり、電気シグナルは伝達物質に変化して情報を伝えています。シナプスでの伝達物質の動きが脳の働きを決めるのです。心の状態は脳のシナプスで放出される伝達物質の性質と量によって決まるのです。現在確認されている伝達物質は25種類程度で、主なものはアセチルコリン、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニン、ギャバなどです。

通常、脳神経細胞の興奮の程度は、伝達物質によってバランスを保つようにコントロールされています。環境の変化や対人関係の摩擦などで、ある伝達物質の過不足が生じることでバランスが崩れ心の病気が起こることもあります。アンバランスな状態を元に戻す目的で薬(SSRI、SNRIなど)が利用されていますが、薬以外でも脳の伝達物質のバランスに影響を与えるものであれば心の状態を改善すると考えられます。

SSRIは選択的にセロトニンの再取り込みを阻害し、SNRIは選択的にセロトニン・ノルアドレナリンの再取り込みを阻害する薬です。セロトニンを放出したり受け取ったりする神経細胞を「セロトニン神経」と呼んでいます。シナプスに放出されたセロトニンは酵素で分解されることで情報が伝達されます。逆にセロトニンが分解されずに最初に放出した神経細胞に呼び戻されることを「再取り込み」といいます。

SSRI、SNRIの服用で、一見、脳内のセロトニン量が増えたように見えますがこれは見せかけなのです。次第に神経細胞がセロトニン放出を中断すること、セロトニンレベルが高くなったと感知した脳はセロトニンをキャッチする受容体を死滅させることなどで、SSRIは脳内でセロトニンを作ることも、増やすこともできません。常習性がないので長期服用しても安全で副作用もあまり深刻ではないとされてきましたが、欧米ではSSRI訴訟が起きています(抗うつ薬の功罪・デイヴィッド・ヒーリー著・みすず書房)。副作用として@脳に損傷を与え神経細胞を殺す、A脳を異常に興奮させるため暴れまわる、Bインポテンツになる、C自殺願望、Dアルコール量が増える、D暴力行為を起すことなどが指摘されています。

参考図書:心の病気は何故起こるか(高田明和著・朝日新聞社)、脳と心をあやつる物質(生田哲著・講談社)、セロトニン欠乏脳(有田秀穂著・NHK出版)、脳内物質が心をつくる(石浦章一著・羊土社)、「うつ」を克服する最善の方法(生田哲著・講談社)、抗うつ薬の功罪(田島治監修・みすず書房)他

◎自律神経失調症とは?

「自律神経失調症」というのは心身症の一種で、日本独自の病名です。欧米では「不安神経症(不安障害)」、「うつ・うつ状態(気分障害)」と診断されています。日本では自律神経系の不定愁訴を有する病態を指しています。
病院で検査しても、体にはどこも異常が見つからないのに、「頭痛もするし、胃の調子も悪い」といったように、同時にいくつもの症状を訴えたり、症状が転々と移り変るといったものが「自律神経失調症」です。

自律神経失調症で現れる症状としては、倦怠感やめまい、手足の熱感・冷感などいろいろな体の症状や、イライラや不安、集中力の低下、無気力などの精神的な症状などが現れることがあります。
これらの症状は、現れたかと思うとしばらくして消え、また現れたり、あるいはそれまでとは違う症状が現れたりします。このように症状が定まらない状態のことを「不定愁訴」といい、この不定愁訴をもたらすのが「ストレス」なのです。

私たちが日常行っている身体的・精神的な活動をコントロールしているのは「脳」です。そして脳の指令を届けるメッセンジャーの役割をしているのが神経やホルモンなのです。神経は「脳脊髄神経」と「自律神経」に分類され、自律神経にはアクセル役の「交感神経」とブレーキ役の「副交感神経」がお互いシーソーのように体の機能を調整しています。

このような調整の仕組みは「視床下部」で行われていて、外界や体内の環境の変化をキャッチすると自律神経やホルモンに働きかけて適応した状態を整えます。私たちの体は視床下部が出す指令に基づいて、自律神経のバランスを調整したり、その時々の変化する環境やストレスに体を適応させています。長時間ストレスにさらされて交感神経の優勢が続くと、体の中で起こる生理的反応は一方通行になり、さまざまな症状が現れてくるようになります。これが「自律神経失調症」なのです。

心の病に使う漢方薬は、加味逍遙散、香蘇散、半夏厚朴湯、抑肝散、抑肝散加陳皮半夏、柴胡加竜骨牡蛎湯、桂枝加竜骨牡蛎湯、半夏瀉心湯、補中益気湯、四逆散、当帰四逆加呉茱萸生姜湯などを症状に応じて組み合わせて用います。

参考図書:自律神経失調症(芦原睦著・法研)他